「おニャン子クラブ」誕生のきっかけ

この流れは、深夜以外の時間帯にも波及していく。

その象徴が、1985年にフジテレビで始まった夕方の帯バラエティ『夕やけニャンニャン』である。社会現象を巻き起こしたアイドルグループ「おニャン子クラブ」を生んだことで知られるこの番組は、元々『オールナイトフジ』の特別版『オールナイトフジ女子高生スペシャル』をきっかけに誕生した。

そこには片岡鶴太郎、とんねるず、松本伊代も出演し、今回の『オールナイトフジコ』で総合プロデューサーを務める秋元康も構成作家や企画者として両方の番組にかかわっていた。さらに「おニャン子クラブ」には、オールナイターズであった内海和子と立見里歌がメンバーに加わっていた。

おニャン子クラブもまた、「放課後のクラブ活動」がコンセプトだったことからもわかる通り、オールナイターズと同様にガチの素人感が人気の理由だった。加えて『夕やけニャンニャン』は公開生放送。

スタジオには観覧の多くの若者たちがいて、とんねるずらとともに暴れることもよくあった。つまり『オールナイトフジ』は、『夕やけニャンニャン』、そしておニャン子クラブを生み、テレビにおける「素人の時代」を加速させたのである。

若者の遊び場

そこには時代背景もある。1980年代前半から中盤、日本社会にはバブル前夜の高揚感があった。

世の中全体が平均して豊かになった結果、大学生などの若者も高級なブランド物の洋服を着るようになるなど消費文化が大きく花開こうとしていた。そのことを批判して「大学のレジャーランド化」が指摘されもしたが、若者が遊び志向を強める妨げにはならなかった。

そしてテレビは、そうした若者にとって最も楽しめる遊び場となった。『オールナイトフジ』から『夕やけニャンニャン』へと至る流れは、そのような時代のなかでこそ生まれ得たものだっただろう。

『オールナイトフジ』には、ある名物ディレクターがいた。とんねるずなどに「みなとっち」と呼ばれていた彼こそが、現・フジテレビ社長の港浩一である。今回の復活も、当然港浩一の肝いりということになる。

だが時代は変わった。いまは1980年代のように経済が右肩上がりの時代ではない。むしろ経済の長期停滞が続くなかで、先行きの不安が社会全体を覆っていると言ってもいいだろう。そうしたなかで、『オールナイトフジ』の復活に成算はあるのだろうか?