リーダーとは「ストーリーを語る人」である
現場の人間が物怖じしたり、考え込むことなく、確信をもって戦略の実行に飛び込んでいける背後には、ここまで徹底的に実行を意識したストーリーづくりの姿勢があったのである。このエピソードを読んだときには、ここまでやるか!と舌を巻いた。しかし、ここまでやらなければ強いストーリーはできないのだろう。「これからはコンサルだ!ソリューションを売ってこい!」というハッパをかけるだけで、現場でどんなことが起きているのかを知ろうともしないかけ声だけの「リーダー」がいかに多いことか。そうした人からは現場の人々を突き動かすストーリーは決して出てこない。
リーダーとは要するに「ストーリーを語る人」である、と平尾さん言う。「この事業で何を実現したいのか」「実現した時の世の中は、この会社は、あなた自身はどうなっているか」「そこに向けての各自の役割は何か」「一人ひとりの仕事と人間的成長の中身は何か」をシンプルにつなげるストーリーを語る。それがリーダーの役割であり、リーダーだけができる仕事である。起こったことをあとづけで説明するのは誰でもできる(僕のような学者でもできる)。しかし、これから何を起こすか、どうやって起こすか、未来への意思を物語れるのはリーダーしかいない。平尾さんは文字通り「戦略ストーリーをつくるリーダー」であった。
戦略を実行する過程で新しいアイデアが現場から生まれ、もともとの戦略ストーリーが「創発的に進化」するということはあり得る。「岡田奈奈恵の『3年契約受注営業』」はその典型である。むしろ優れた戦略ストーリーであるほど、そうした創発的な進化を引き起こすものだ。しかし、だからといって、ボトムアップで衆知を集めれば戦略ができるわけではない。「創発的なアイデア」にしても、それをくみ取り全体の中に位置づける受け皿としてのストーリーが先行して存在しなければ、戦略の進化はあり得ない。原型となるストーリーをつくるのは厳然としてトップの仕事である。その意味で戦略ストーリーはトップダウンでつくられるべきものである。
ただし、優れた戦略ストーリーはひとたび動きだしてしまうと総力戦になる。トップダウンもボトムアップもない。全員がストーリーに乗って成果へとひた走る。これが理想的な成り行きであり、ホットペッパーはまさにそうなった。平尾さん自身はトップダウン型の経営者なのだが、全員が強力なストーリーを共有して疾走している。結果として、ホットペッパー事業の動きには極めてボトムアップの色彩が強く出ている。
平尾さんと当時のいきさつについてゆっくり話を伺う機会が何度かあった。当時を振り返って、平尾さんがもっとも強調したのは、ホットペッパー事業がいかに人を育てたか、ということだった。「全体を貫く明確なストーリーをつくり、それを組織全体で共有してやっていくと、不思議なぐらいに人が育つんですよ。数字の業績はもちろんですが、部下がどんどん成長するのを実感する。これがいちばん嬉しかった…」と平尾さんは感慨深げに回想した。実にイイ顔だったのは言うまでもない。
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