子育てをしているような感覚で母と向き合う

「だから、母から嫌われていることはあっても、まさか信頼されているなんて思いもしませんでした。今までいやがらせばかりしてくると思っていたけれど、私はその考えを変えなければいけませんね」と気づいてくれた。そんな妹さんを見て、「お母さん、私の前ではあなたのこと、仕事も介護もようやってくれているって褒めとったよ。直接は言いづらいから、私に言ってたんやね。なんだかお母さん、子どもみたいやわ」と平井さんはにこやかに言った。

それから2カ月後、私たちは再びオンライン上で集った。「この間のお姉ちゃんの言葉のおかげで、子育てをしているような感覚で、母と向き合えるようになりました。結婚もまだしてないんですけどね」と苦笑いしながら、そう話す妹さんの表情は、前回とは比べ物にならないくらい穏やかになっている。「子どもが甘えていると思うと、なんだか全て可愛く見えてきたんです。ちょっと不機嫌なときも癇癪を起こしているんだなと思えるようになりました」と、心の余裕が徐々に出てきたようだった。聞けば、ヘルパーさんに週2回来てもらうことにより、妹さんの物理的な負担が以前に比べて減ったそうだ。

親と子の関係が逆転していくことを受け入れられるか

「そしたらこの間、ヘルパーさんまで疑うようになってしまって。けどヘルパーさんは慣れたもので、上手に対応していましたね」と妹さんは笑っていた。お母さんにとっては、心許せる人が増えたというわけである。私は安心して、このミーティングを終えた。平井さん家族は、きっとこのあとに起こる困難も、家族で力を合わせて、乗り越えていってくれることだろう。

川畑智『さようならがくるまえに 認知症ケアの現場から』(光文社)
川畑智『さようならがくるまえに 認知症ケアの現場から』(光文社)

過ちを許してくれる人こそ、信頼している人こそ、物取られ妄想の対象になりやすい。それには疑われる対象者が安堵・安心の要であることを理解して、私たちは接する必要がある。もし、疑われたことに対して腹を立て、本気で言い返しても何の意味もない。

介護とは親と子の関係が逆転していくことを、どれだけ受け入れられるかどうかにかかっていると私は思う。つまり、介護というのは、子育てと同じくらい尊いものであるべきなのだ。何かがなくなったとき、できる限り心に余裕を持ち、一緒に探してほしい。宝物を探す子どもを、見守る親のように。

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