次期後継者の「箔付け」となる秘書官ポスト

安倍晋太郎氏ほどの政治家になれば当然、長く仕えてきた政務秘書もいたはずだ。永田町には外交経験豊富な人材はたくさんいた。政務秘書不在が長く続けば、大臣の職務にも支障をきたす。「信用できる身内を側に置きたい」だけでは説明できない。

その答えは「秘書経験後のアクション」を見れば明らかだ。

安倍晋三氏は1986年7月、父の外務大臣退任に伴って外務大臣政務秘書官を退任しているのだが、その10カ月後、参議院山口選挙区の補欠選挙に立候補しようとしている。外務大臣政務秘書官というキャリアからトントン拍子で政界進出を狙っていたのである。

選挙活動中の演説を行う候補者のイメージ
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ここまで言えばもうお分かりだろう。政治家が首相や大臣になった時、周囲から白い目で見られながらも、わが子を政務秘書官にゴリ押しをするのは、「信頼できる身内を側に置きたい」なんてのは後付けの理由に過ぎず、本音のところは「政治屋一族」の次期後継者の「はく付け」以外の何物でもないのだ。

地元支援者が喜ぶ「人脈」をゲットできる

岸田文雄氏は、衆議院議員選挙の広島県第一選挙区(広島市中・東・南区)で初当選以来、連続10回当選という強さを誇っている。が、その地盤を引き継ぐだけで、翔太郎氏も楽勝かというと選挙はそこまで甘くない。「世襲」批判もあるだろうし、「経験不足」を不安視されることもあるだろう。

そういうネガティブなイメージをひっくり返すことができるのが、「秘書官経験」である。

首相や大臣の秘書官として、パパと一緒に行動を共にするということは、中央政界や霞が関官僚との「人脈」ができるということだ。これはパパの地盤を引き継ぐ時に大きな「セールスポイント」になることは言うまでもない。

国会議員に対して選挙区の支援者が求めているのは基本的には、「利益誘導」である。定番のリニアを通すとか、高速道路を整備するなどの大型公共事業を引っ張ってくることから、地元企業や産業の保護や育成など、地元が潤う政治を中央で実現しなければ、選挙には勝てない。

では、地元で潤う政治を中央で実現するためには何が必要かというと「人脈」だ。翔太郎氏の場合、内閣総理大臣政務秘書官という肩書がある間は、永田町・霞が関で会えない人物はいない。そこで一緒に仕事でもして、ある程度の関係性が構築できれば、その「人脈」だけでも十分メシが食っていけるのだ。