モデルにあてはめて説明する「数学的な話し方」

前項の(※)について少しだけ補足をします。

実は数学にはモデルの学問という側面があります。あなたもかつての数学の授業において実にたくさんのモデルと出会っています。典型的なものが「◯◯の定理」や「△△の公式」といったものです。例えば三平方の定理(ピタゴラスの定理)は直角三角形の3辺に関する性質を明らかにしたものとして知られていますし、2次方程式の解の公式は正解を得るために当てはめる法則と捉えることもできます。これらは「~はこういう性質(法則)がある」と言語化されたものであり、まさにモデルです。

ここで重要なのは、「数学」と「数学的」の違いです。

私はこのようなモデルを作るところまでが「数学」であり、作られたモデルに当てはめることを「数学的」と整理しています。ですから三平方の定理が誕生するまでが数学であり、直角三角形の辺の長さを求めるためにその公式を使うことは数学的な行為となります。後者を1行で表現するとこのようになります。

モデルに当てはめて正しいと説明する行為。

実はこの数学的な行為が私たちのコミュニケーションに役立つ、つまり数学的な話し方を実現するのです。

「人間は変化に弱い」を行動経済学的に説明する

例えば経済評論家の勝間和代さん。物事をわかりやすく説明する動画をたくさん公開していますが、ある事例をご紹介しましょう。「なぜ私たちはこれほどまで変化が苦手なのか」というテーマにおける一節を要約してお伝えします。具体的には、人間は現状維持を好む生き物であることを説明した内容です。

私たちはなぜ変化に弱いのか、変化が苦手なのかというと、答えは簡単です。私たちは生き残りたいからです。いま現在の状態では死なないとわかっています。しかし何かを変化させると、最悪は死ぬかもしれない。つまり現状維持なら死なないわけです。私たちはその状態より下(悪い状態)に物事が進んでしまったときのリスクを感じやすい。下に行くリスクは上に行く嬉しさの2倍から3倍に感じると言われています。これは行動経済学ではプロスペクト理論と呼びますが、とにかく人間は新しいことが苦手なんだというイメージを持っておいた方がいいと思います。

【参考】勝間和代が徹底的にマニアックな話をするYouTube「なぜ私たちはこれほどまで変化が苦手なのか

お気づきのように勝間さんはご自分の主張に対してプロスペクト理論と呼ばれるものに当てはめることで説得力を持たせた内容にしています。

プロスペクト理論なるものを極めて平易に表現するなら、「人間は目の前に利益があると、利益が手に入らないというリスクの回避を優先し、損失を目の前にすると、損失そのものを回避しようとする傾向がある」ということです。この法則に当てはめることで、人間は変化に弱いという主張をなさっています。

個人的にはなるほどと思わされる内容に感じましたが、この話のどこに説得力を感じたかは言うまでもありません。プロスペクト理論と呼ばれるモデルに当てはめて説明されたからです。