私は、そもそも買収のきっかけは、言論の自由でさえなかったのではないかと疑っている。ツイッターは仲良しのジャック・ドーシーが創業した会社だが、21年11月、ドーシーは追い出される形で会社を去っている。イーロン・マスクは当初、ドーシーを復帰させるための株式取得を開始したのだろう。実際、ドーシーは当時の経営陣を批判するツイートを投稿していた。

ただ、イーロン・マスクは独裁者気質である。株式取得を進めるうちにツイッターの気に入らない点が次々と目につき、ひとまず自分で経営しているのだと思う。ツイッターは技術的にはすでに枯れたSNSであり、マスクが本気でその事業に関心を持っているとは思えない。ドーシーかどうかはわからないが、いずれ誰かに引き継ぐことを早々に表明している。

イーロン・マスクにとって、ツイッター買収は一時のたわむれにすぎないのだ。しかし、戯れで組織を壊す姿に人々は不安を覚えた。なかでもテスラ株主は気が気でなかったはずだ。経営者は、自分の事業に集中すべきである。しかもマスクは買収額約440億ドルのためにテスラ株を売却した。テスラ株主が「このままやつに経営を任せていて大丈夫か」と不安になり、株を手放すのも納得だ。長者番付1位からの転落は、自ら蒔いた種でもあった。

アルノー会長本人に聞いた経営の要諦とは

代わってトップに立ったベルナール・アルノーは、イーロン・マスクと対照的な経営者だ。

1990年代後半の話である。当時、私はナイキの社外取締役としてグローバル化の手伝いをしていて、創業者のフィル・ナイトから「これぞグローバルという会社に案内してくれ」と頼まれた。最初に訪問したのが、イギリスとオランダにある二国籍企業ロイヤル・ダッチとシェル。2社目は相次ぐ買収でグローバル企業になったスイスにあるネスレ。そして、3社目が同じく買収で成長したLVMHだった。

ベルナール・アルノーの会長室は、パリのクリスチャン・ディオール本店の2階にあったと記憶している。中に入るとグランドピアノが置いてあり、アルノー自身も立ち居振る舞いがエレガントである。オレゴン育ちの中距離ランナーでカウボーイ気質のフィルは、そのエレガントな様子に目を白黒させていた。

アルノーは私たちに買収戦略の要諦ようていを教えてくれた。

「私たちにできるのは経営であり、クリエーティブではありません。逆に優れたクリエーティブをするブランドは、経営を苦手としている会社が多い。そうした会社を買収して、その日のうちに財務・経理を送り込んで金の流れを押さえます。しかし、クリエーティブはタッチしません」