復職後、上司の嫌がらせはますます陰湿に

体調不良を理由に、西脇は半年間、休職した。医師には過労とストレスからくる体調不良と言われての休職である。体調を整えて復職したが、しかし、そこに待っていたのはあのパワハラ上司だった。西脇の休職が気に入らなかったのか、上司の嫌がらせはますます陰湿になる。

指を向ける実業家
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上司は、“忠臣の部下”たちと一緒になって、西脇を揶揄するようなメールを回覧していた。そのうちの一通が誤送信されて、西脇本人に届いた。西脇が取引先に電話を入れ、談笑していた様子を嘲笑ったメールだった。メールには、“おい、あいつ笑ってるよ。よく笑えるよな、半年も休んでいたくせに”という文言が綴られていた。

体調を気遣いながらも、西脇なりに休んでいたぶんを挽回しようと努めていた。ストレスは溜め込んだが、もうすっかり良くなったと自分に言い聞かせてもいた。だが、上司とその腰巾着たちが回覧していたメールの文面は、彼に挫折感と虚しさだけをもたらした。

そして、あの日がやってくる。

信号が青になった瞬間、どうすればいいかわからなくなった

「週末、気分転換に美紀とドライブに出かけたんです。私が運転して、美紀は助手席でした。湘南の辺りを走らせていたと思います。前の信号が赤になったので、私は車を停めました。私の車は列の先頭で、信号待ちをしながら横断歩道を渡る人たちを何気なく眺めていたんですが、信号が青になったとき――」

何の前触れもなく、いきなり“それ”はやってきた。

「運転している自覚はあるんです。信号が青になったのだから、車を発進させなきゃならないことも……、でも、ギアを入れるとか、アクセルを踏むとか、頭の中が真っ白になって、どうすれば車を動かせるのか、全くわからなくなってしまったんです」

茫然自失として、彼はハンドルを握る自分の手だけを見つめていた。後続車がクラクションを鳴らす。不安そうな目で、美紀が西脇の顔を覗き込んでいた。彼はますますパニックに陥り、身体を硬直させた。

とりあえず運転を替わろうと美紀が言い、西脇を助手席に移らせると、自分は車をぐるりと半周して運転席に座った。車を発進させ、しばらく行ったところで路肩に車を停めた。

どうしちゃったの。美紀にかれたが、西脇は応えられなかった。何が起きたのかもわからず、何をすればいいのかもわからなくなっていた。