電気・ガス料金が3倍に膨れ上がる異常事態に…

英国の消費者物価は2022年1月から11月まで前年比で8.9%上昇したが、特にエネルギー価格は46.3%も上昇した。

うち電気は62.4%、ガスは73.5%、液体燃料(ガソリンや灯油など)は実に110.9%も価格が上昇した。10月には政府が家庭の電気・ガス料金の上限を80%引き上げており、光熱費の上昇になおさら弾みがついた。

英ガス電力市場監督局(Ofgem)は来年1月の料金改定で、標準世帯に対する電気・ガス料金の請求額の上限を年4279ポンド(約70万円)に引き上げた。2021年の請求額の上限が1277ポンドだったため、3倍以上の請求増である。実際は、英政府の特例措置を受けて、家計の年間の負担額は2500ポンド(約42万円)程度に抑えられている模様だ。

※編集部註:初出時、「標準世帯の電気・ガス料金の年間の支払額」としていましたが、正しくは「請求額の上限」の誤りでした。「3倍以上の負担増」は「3倍以上の請求増」、「家計の年間の支払額」は「家計の年間の負担額」の誤りです。いずれも訂正します。(12月26日12時20分追記)

政府が4割以上、家計の電気・ガス料金の負担を肩代わりしている。しかし英国立統計局(ONS)によると、英国の標準的な世帯の可処分所得(税金や社会保険料などを除いた所得、いわゆる手取りの収入)は2021年時点で3万1400ポンド(約520万円)だった。そのため2500ポンドでも、家計の負担はかなり重たいままである。

ウェストミンスターブリッジから見るビッグベン
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またこの措置は、わずか45日での退陣を余儀なくされたトラス前政権の下で実施が決まったものだ。当初は2022年10月から24年9月までの2年間にわたって適用される予定だったが、後任のスナク新政権で見直しが進み、2023年4月からは年間の支払額が3000ポンドに引き上げられ、政府による助成が縮小されることになった。

負担の増加に抗議する不払い運動も起きている。Don't Payという運動が20人ほどの活動家によって立ち上げられ、12月1日時点で25万7848人の賛同者がこの運動に参加している。かつて人頭税が導入されたことに国民が反発し、その廃止とサッチャー元首相を辞任に追い込んだ経験に準え、エネルギー価格のさらなる引き下げを要求している。

必要なのは的を絞った対策だ

英国のみならず、世界的に加速した今年のインフレの本質は、エネルギー不足という外生的な負の供給ショックにあった。この場合、政府はエネルギーの供給を増やすための取り組みに努める必要があるが、それが効果を持つには時間を要する。しかし時間がかかるとはいえ、インフレで所得が目減りすることを放置するわけにもいかない。

そのため、政府は補助金の給付を通じてエネルギー価格の上昇を抑制し、インフレの加速にブレーキをかける必要があった。つまりトラス前政権が電気・ガス料金に上限を設定したこと自体は、まっとうな政策だった。欧州連合(EU)から離脱したことも、その財政ルールに縛られずに済むため、電気・ガス料金に補助金を与える上で好都合だった。

トラス前政権の失敗は、需要の刺激につながる大減税を試みたことに他ならない。エネルギー供給が不足し、それがモノやサービスの生産コストを押し上げる環境の下で、大減税で需要を刺激すれば、インフレは安定するどころかさらに刺激される。そして家計や企業に強いインフレ期待が根付いてしまい、深刻なインフレが長期化する。