中国を懸念する日米とTSMCの利害が一致したか
しかし、アリゾナ第2ファブの建設発表はTSMCの事業運営戦略が大きく転換したことを示唆する。8月に米国では半導体生産を支援する法律(通称、CHIPS・科学法)が成立した。それによって、TSMCは求めてきた補助金をバイデン政権から受け取り、米国での生産コスト抑制にめどが立った可能性が高い。また、バイデン政権は対中半導体禁輸措置を強化した。半導体製造装置に関しても米国はオランダやわが国に歩調を合わせるよう求めた。
TSMCは米国の半導体製造に関する知的財産やハードウエア、日蘭の製造装置や高純度の部材を必要としている。TSMCにとっても中国の圧力の高まりは容認できないリスクになっているはずだ。結果的にTSMCは地政学などのリスクに対応しつつ、より安定した生産体制と顧客との関係強化のために米国で次世代の3ナノレベルのチップ生産を発表した。
TSMCはわが国でも追加の工場建設の可能性に言及し始めた。TSMCがリスクを分散しつつ収益性を高めるために生産拠点を台湾以外に設けることの重要性は一段と高まっている。なお、6月の定時株主総会においてTSMCは欧州進出の具体的計画はないとしている。現時点で、台湾に集積した最先端を中心とするチップ製造能力の取り込みという点では、米国がリードし、わが国がその後を追いかけているイメージが思い浮かぶ。
誕生した“ラピダス”に求められるもの
台湾と韓国への集中から、米国やわが国などへの分散へ、世界の半導体産業の構図はダイナミックに変わり始めた。わが国とオランダは、米国が進める先端の半導体製造装置の対中輸出規制参加に基本合意したと報じられた。一つの要因として、世界の半導体産業にとって、依然として米国の知的財産の重要性は高い。安全保障面でも、主要先進国にとって米国との関係は欠かせない。
今後、日欧などは米国との関係を重視しつつ、より急速に自国の半導体産業の強化を目指さなければならない。それが自力での経済と社会の安定実現に決定的インパクトを与えるだろう。わが国では官民連携によって次世代のロジック半導体の製造を目指す“ラピダス”が設立された。ラピダスに求められることは、新しい半導体製造技術の早期確立だ。
そのためには、超高純度のフッ化水素や感光性材料のフォトレジスト、シリコンウエハーなどの部材創出力の強化と、精緻な半導体製造装置の生産技術向上、さらには国内や米欧の知的財産の結合の加速が欠かせない。それに付随するリスクを民間企業に任せることが適切とはいえない。政府は米欧に見劣りしない規模とスピード感をもって半導体関連産業の支援を強化すべき時を迎えている。