キュレーションをしっかり行って選択肢を絞り込むか、よいデフォルトを設定する、あるいはその両方をすれば、非常に満足のいく結果を生み出すことができる。

「ナッジ」には楽しさの要素が欠かせない

われわれが考えるよい選択アーキテクチャーの最後の要素は、「楽しさ」である。ナッジの一つ目のスローガンは、「望ましい行動を簡単にとれるようにする」だった。それをうまく補完する二つ目のアドバイスは、「望ましい活動を楽しくできるようにする」である。

マーク・トウェインの小説『トム・ソーヤーの冒険』の有名なエピソードがそのよい例だ。

いたずらが大好きな少年トムは、悪さをしてポリーおばさんに罰を与えられる。その罰とは、おばさんの家の前の道に面した塀に白いペンキを塗ることだ。

塗料に塗るペイントブラシ
写真=iStock.com/ChristopherBernard
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早く友だちと遊びにいきたいトムがいやいやペンキ塗りをしていると、それを見かけた友だちのベン・ロジャーズが、おいしそうなりんごを手にからかいにやってくる。そのとき、名案がひらめく。ペンキをいかにも楽しそうにきれいに塗ってみせるのだ。

それがあまりに楽しそうなので、ベンもやりたくてたまらなくなるが、こんな楽しいことはさせられないとトムは断る。するとベンは、これをあげるからペンキ塗りをやらせてくれないかと、りんごを差し出す。

それからも友だちがペンキを塗らせてくれと次々に貢ぎ物をもってやってくる。そうして夕方には塀の3度塗りが見事に終わる。トウェインはこう書いている。「白いペンキがなくならなかったら、村の男の子はみんな破産していただろう」。

トウェインはこんな言葉を残している。「仕事はしなければならないことでできているが、遊びはしなくてもよいことでできている」。

ある活動を遊びのように見せたり、好奇心をかき立てたり、ドキドキ感やワクワク感を生み出せたりできたら、人はそれを喜んでやるようになるだけでなく、対価を払ってでもやりたがるようになるのだ!

階段利用者を激増させた地下鉄駅の工夫

この原則を存分に活用しているのが、フォルクスワーゲン・グループである。

フォルクスワーゲンは「ファン・セオリー」と呼ばれるプロジェクトの一環として、広告代理店のDDBストックホルムと共同で一連の動画を制作している。

このプロジェクトは、望ましい行動が楽しそうに見えたら、人びとが環境や健康をもっと意識するようにうながすことができるという考え方にもとづいている。

2300万回以上視聴されたいちばん有名な動画は、ストックホルムの地下鉄の駅が舞台だ。乗客は駅から地上に出るのにエスカレーターを使っている。

そのすぐ横には階段があり、スタッフがその階段を大きなピアノの鍵盤に仕上げ、階段を踏むと音が鳴るようにする。作業が終わると、階段は楽器へと変わる。すると乗客はすぐ、飛び跳ねたり、スキップしたり、ダンスしたりしながら、楽しそうに階段をのぼっていくようになる。

動画によれば、階段を楽しんで使ってもらうようにしたところ、階段を選ぶ人が66%増えたという。こうしたデータが正確なのかどうかはわからないし、階段をピアノにすることが経済的に見合う戦略だとはどうしても思えないのだが、この原則は正しいとわれわれは信じている。