欧米では事前に終末医療のマニュアルを医師と本人が作成する

アメリカや欧州、オーストラリアなどの先進諸国では、人として尊厳のある死やそのための終末期医療について、もうずいぶん前から議論がなされてきています。それにより、どのようなときにどのような医療・ケアを行うか(行わないか)という具体的な指針も既につくられています。

たとえばアメリカでは、人生の最期のときまで本人の意思決定、自己決定権を尊重することが、尊厳のある死という考え方があります。そのため、高齢や病気によって終末期に至った人が治療を望まないという意思表示をしたとき、医療者はもちろん、家族ですらそれに反対することはありません。万一、本人の意思に反して治療を行えば、医師が家族に訴えられることもあります。

ICUで治療を受ける患者
写真=iStock.com/Morsa Images
※写真はイメージです

ただ一般の患者さんの意思表示だけでは、希望する医療の内容があいまいだったり、家に保管していていざというときに役立たなかったりすることから、医師と相談して治療内容を確認しておく「生命維持治療のための医師指示書(通称POLST)」というものが活用されるようになっています。

これは1991年にオレゴン・ヘルスサイエンス大学病院のリチャードソン博士が開発したものです。終末期の人(病気や加齢で余命1年程度と診断された人)が、次の医療行為を受けるかどうかについて、患者本人あるいは医療代理人と、医師とが相談して決めます。

医療行為は①心肺停止時の蘇生、②脈拍あるいは呼吸があるときの積極的治療、③抗生剤投与、④人工栄養、の4つです。そしてオリジナルの医師指示書は患者さんが保管し、医師もコピーを所持したり、情報をカルテに保持したりします。これがあれば、患者さんの状態が変わったときにも医師は治療方法に迷うことはありません。

実際の医療現場で、患者さんの意思が確実に反映されるしくみといえます。

最も大切なことは「入所者の満足感」である

またオーストラリアでは、政府が2006年に「高齢者介護施設における緩和医療のガイドライン」を策定しています。そこでは、終末期の医療・ケアについて次のような方針が明確に示されています(以下、『高齢者の終末期医療を考える』より引用)。

・無理に食事をさせてはいけない
・栄養状態改善のための積極的介入は、倫理的に問題がある
・脱水のまま死ぬことは悲惨であると思い点滴を行うが、緩和医療の専門家は経管栄養や点滴は有害と考える
・最も大切なことは入所者の満足感であり、最良の点滴をすることではない