「僕って、いますぐ部長になれますか?」
「特茶がヒットした時点で、会社との貸し借りという意味ではもういいんじゃないかと思ったんです。スタンフォードに行かせていただいて、会社には何かしらのお返しをしなければならないと思っていたのですが、特茶というわかりやすい成果が出たんだから、もういいかなと……」
塚田さんは、上司に「自分もそろそろ起業したい」と伝えると、「ふざけるな!」と一蹴されたというのだが、実はその前に、ワンステップがあったことを告白してくれた。
「ちょっと言いにくいことですが、伊右衛門のブランド担当課長として成果を出したら僕も部長になれますか? と上司に聞いたことがあるんです。そうしたら、『いやそれは無理、まだ若いからね』と。そうなると、次にサントリーで挑戦したい仕事っていうのが見つけられなかった。
僕は、たぶんサラリーマン失格なんですよ。正しいサラリーマンの生き方としては、あと何年か課長をやって、上司が出世した段階で引き上げてもらってということなんでしょうね」
ペットボトルのお茶は「どれも変わらない」
この時期、塚田さんにとって重要な出来事がもうひとつあった。
ちょうど特茶の開発をしていた頃、塚田さんは国内で発売されているあらゆるペットボトル入りのお茶を携えて、ある有名ソムリエの元を訪れている。ワインのプロであるソムリエがペットボトル入りのお茶の味の差異をどのように表現するか、それを聞いてみたかった。もちろん、競合他社のお茶よりも伊右衛門のほうがおいしいという評価を得たいという下心もあった。
ところが、塚田さんが持参した複数のお茶をブラインドでテイスティングしたソムリエ氏は、ひとことこう言ったのだ。
「どれもあまり変わらないですね」
差別化に血道を上げていた塚田さんは、ショックを受けてしまった。常温で1年間保存できなければならないペットボトル飲料は、製法上の制約が大きい。だから、似たり寄ったりの味にならざるを得ない面はあるのだが、それにしても「どれもあまり変わらない」とは!
「この出来事の直後、会社にいまのペットボトルの製法とは違うやり方で、フレッシュなお茶を提供したいと提案したんです。しかし実現には大きな投資が必要で、意思決定者にしてみれば、なんでそんなことやらなアカンねんと……」
やはり「大企業の中で、自分で決められることなんてない」のだ。塚田さんの心は、折れかかってしまった。しかし、次々とヒット商品を生み出すハイパフォーマーを、会社がみすみす手放すはずもなかった。
塚田さんは、三度、米国に渡ることになる。
(後編に続く)