加齢による影響を受けやすい「エピソード記憶」

高齢さんの昔話を聞いていると、辛い思い出話よりも、よい思い出話のほうがほとんどです。それはなぜでしょうか。高齢さんは昔話を思い出すときに、自分の「記憶」を頼りに話します。記憶にはさまざまな種類があります。「記憶の分類」の図を見ながら説明しましょう。

人間の記憶は覚えていられる時間の長さによって感覚記憶、短期記憶、長期記憶の3つに分けられます。感覚記憶とは、「今、見ているものを写真のように覚えている」といった視覚、聴覚、触覚などの感覚器官に一瞬だけ存在する記憶です。

感覚記憶の中でも印象的なものだけが、脳の海馬に短期記憶として、時間でいうと数秒から数十秒ほど保存されます。短期記憶のうち、何度も思い出されたり、ほかの記憶と関連づけられたりするものは脳に定着します。これらは長期記憶となり数分から一生にわたって記憶されます。また、長期記憶は内容で分類でき、顕在けんざい記憶と潜在せんざい記憶に分けられます。

顕在記憶は、人の名前や昔の経験のように言葉で表現できる記憶で、意味記憶とエピソード記憶があります。潜在記憶は自転車に乗ることや泳ぐことなど、体で覚えていて言葉で表現できない記憶で、条件づけや手続き記憶、プライミングがあります。顕在記憶と潜在記憶の中で、加齢による影響を受けやすいのは、エピソード記憶です。

エピソード記憶はいつ、どこでという時間や場所などの情報を含んだその人の体験の記憶。例えば「車の鍵を置いた場所を忘れた」「昨日の夕食に何を食べたか思い出せない」などという物忘れは、エピソード記憶の低下が原因で起こります。

なぜ若いころのことはよく覚えているのか

高齢さんは最近の出来事は忘れても、若いころのことはよく覚えています。特に10代後半から30代前半ぐらいのころを思い出し、よく家族や友だちに話して聞かせます。

その時期は進学や就職、結婚、出産など、強い感情を伴ったことが起こりやすい時期。エピソード記憶の中でも、人生に影響するような重要な記憶になっているからです。昔の記憶の内容は常に脳内で更新されていきます。そして、辛い出来事もよい思い出に再構築されるため、昔の思い出話は素晴らしい出来事ばかりになるのです。

年を取るにつれて、人の名前や物の名前などがなかなか思い出せないケースが増えていきます。「あのドラマに出てきた俳優、誰だったかな。ほら、背が高くて……」というようなことがよく起こります。同様に、物事を記憶する能力も衰えていきます。

物事を記憶して思い出すことは「記銘きめい保持ほじ想起そうき」という3段階のプロセスで表せます。目や耳などの感覚器官から入ってきた情報に意味づけるのが記銘、脳の中で短期記憶を長期記憶に変換して蓄えるのが保持、蓄積された記憶の中から必要なものを探し出すのが想起です。

この3段階のプロセスのうち、加齢によって衰えやすいのは「記銘」と「想起」。年を取ると視覚などの感覚機能が鈍くなるので、感覚器官から得られる情報量が減少します。脳の機能も衰えて情報を記銘する能力も低下。そうした理由で記憶できる情報量が減ってしまいます。