2006年に「ダブル不倫」のスキャンダルに見舞われる
トラス氏はオックスフォード大学で哲学・政治学・経済学を学ぶ傍ら、自由民主党支部長として活躍。卒業後は一転、保守党に入党した。公認会計士の資格を取り、エネルギー大手シェル、電気通信会社ケーブル・アンド・ワイヤレスで勤めた。2001年総選挙で労働党の牙城、イングランド中北部の選挙区で惨敗。05年総選挙では同じ中北部の別の選挙区で惜敗する。
この健闘が認められ、同年末に保守党党首になり政権奪還を目指していたキャメロン氏の「Aリスト(最優先のグループ)」に加えられる。同氏はお固くて古臭い保守党のイメージを一新するため80人の女性を擁立したことから「キャメロン・キューティーズ」と呼ばれた。その中でもトラス氏は「キューティー」と呼ぶにふさわしい若さと美貌を兼ね備えていた。
トラス氏は次の総選挙で保守党地盤イングランド東部ノーフォークの選挙区への“国替え”が決まった矢先の06年、タブロイドのスキャンダルに見舞われる。権力と欲が渦巻く「政界」は古今東西を問わず「性界」でもある。トラス氏は04年から1年半の間、10歳年上の実力者マーク・フィールド下院議員(当時)と「ダブル不倫」関係にあった。
イギリスでは不倫は「プライベートな問題」として不問
英国政治では不倫が発覚しても、その場で配偶者か愛人のどちらかを選べば、プライベートな問題として政治責任は問われない。トラス氏は当時、保守党でロンドン地域の広報を仕切っていたフィールド氏の下に派遣された。フィールド氏はまだ若いトラス氏の「政治の師匠」として党から指名されていた。どちらも熱心な師弟関係、それが過ちの始まりだった。
「ダブル不倫」が終わってからも2人の友情はさらに3カ月続いた。そのあとトラス氏はフィールド氏と別れ、夫との結婚生活を正常化する道を選択した。しかし、総選挙を翌年に控えた09年、選挙区支部の守旧派数十人が「候補者を決める時に不倫の話は全く知らされていなかった」とスキャンダルを蒸し返した。
ノーフォークの選挙区は保守党の指定席。総選挙に出馬できれば必ず勝てる。ここまで来て候補者の座から引きずり下ろされればトラス氏の政治生命は潰える。この時、トラス氏は「鉄の女2.0」の片鱗を見せる。選挙区支部の会合でトラス氏は「彼女特有の魅力と厚かましさ」(英紙ガーディアン)で200人をはるかに超える聴衆を見事に説き伏せたのだ。
トラス氏は地元紙の取材に正々堂々と「私は過去から多くを学びました。私たちは結婚10周年を迎えようとしています。このことがあってから私たちはずっと強くなりました。不倫については申し訳なく思っています。あれは間違いでした。私が謝罪する相手は夫です。私たちは今、仲直りし、そこから前に進んでいます」と答えている。
保守党の刷新を図りたいキャメロン氏にとっても、若き女性候補トラス氏を守旧派から守り抜かなければならない理由があった。守旧派でさえ、トラス氏の「鉄」のようなタフさの前に引き下がらざるを得なかった。トラス氏は集合写真を撮られる時、必ず他の人より前に出る。その厚かましさのかいあって英国政治のトップに上り詰めた。