IFRSと日本の現行基準との違いについて、公認会計士の岡村憲一郎氏は次のようなユニークな見方をしている。

「日本基準では海外の子会社が現地の基準を採用することを幅広く認めている。800万の神を崇めてきた多神教の文明が会計制度にも反映されているといってもいい。一方、一つの会計原則に統一する原則主義に則ったIFRSは、アングロサクソンの一神教の世界に通じる。IFRSの適用は根本的な会計思想の変革を迫るものといえるだろう」

そうしたIFRSへの“改宗”がもたらす軋轢が、固定資産の減価償却の問題として表面化しつつある。減価償却は購入した機械や車両などの資産を、ある一定期間にわたって費用化していく会計処理のこと。その償却にあたって日本国内のほとんどの企業は毎年一定の率ずつ償却する「定率法」を採用してきた。しかし、海外では毎年一定の額を償却する「定額法」が一般的であり、海外の子会社や関連会社もそれに準じることが多かったのである。

定率法は償却開始当初の償却額が大きくなり、その分だけ利益が圧縮されるものの、法人税の納税額が抑えられてキャッシュフローが楽になるメリットが生まれる。だから大半の企業が採用してきたのだ。そのメリットをIFRS適用後も享受しようとするのなら、連結決算の対象となる海外の子会社や関連会社も定率法に変更しなくてはならない。

しかし、海外の法人税率は日本よりも低く、海外の子会社や関連会社が定率法へ変えても、キャッシュフローの恩恵はあまり受けそうにない。むしろ、利益が減るデメリットだけが大きくなる可能性が高い。そうなると困るのは現地の経営トップだ。なぜなら、自分たちの評価は現地の会社の利益をベースにして決められるケースが多いからである。

また、償却を行う一定期間のことを「耐用年数」といい、ほとんどの日本企業は税法で規定された「法定耐用年数」を使ってきた。しかし、IFRSでは実際に使用される期間に基づいて耐用年数を判断する。そこで問題になるのが、日本の法定耐用年数が実際の使用期間より短い傾向にある点だ。「法定耐用年数が20年となっている機械なのに、現場では40年も使っていることがざらにある」と、ある公認会計士は指摘する。

IFRS適用で耐用年数が長くなれば、年間当たりの償却額が減り、キャッシュフローのメリットも小さくなってしまう。そこで日本の財界からは「長年実務で何の問題もなかった。これまで通りの法定耐用年数で償却することを認めるべきだ」との不満の声が漏れている。

ともあれ、「日本もIFRSの強制適用に向けて大きく舵を切り始めた」というのが関係者の一致した見方。あるメーカーの担当者は「取り組みが始まったばかり」というが、一人ひとりのビジネスマンも決して無関係なことではなく、さまざまな影響を受ける。そのときに備えて、いまから研究や準備を進めても決して早くはないだろう。

※すべて雑誌掲載当時