シリコンバレーで「ゴールドラッシュ」が起きたワケ

もともと、第二次世界大戦と朝鮮戦争中にアメリカ軍からの注文が殺到して、シリコンバレーのエレクトロニクス企業は全国的な名声を獲得し、他地域との差を一段と広げていた。

第一次世界大戦中、スタンフォード大学の資金援助を得て創立したフェデラル・テレグラフはすでにアメリカ海軍向けにポールセン・アーク長波ラジオを製作しており、これはすぐに「第一次世界大戦中におけるアメリカ海軍のお気に入り」となっていた。

マグナボックスはフェデラル・テレグラフの派生企業で、戦艦用の拡声装置とアメリカ海軍の飛行艇用に耐騒音性マイクロフォンを発明している。

1940年6月から45年9月まで、連邦政府の予算規模は急増し、カリフォルニアの企業は164億ドルの戦時供給契約を結び、軍事施設と産業施設用として25億ドル以上の投資が行われた。

「サンフランシスコ・クロニクル紙」が「第2のゴールドラッシュ」と名付けたこの期間中、支出総額でカリフォルニア州を上回ったのは、ニューヨーク州とミシガン州だけである。

カリフォルニア州の企業が獲得した軍事予算のシェアが他の州に比べて高かったのにはさまざまな理由があるが、とりわけ戦時需要に関連するテクノロジー分野に強かったことが挙げられる。

戦争特需で新規開業が相次ぐ

マイクロ波管〔訳注マイクロ波帯の電磁波を発生させる電子管9〕はベイエリアが得意とするテクノロジーの1つだったが、アメリカ軍による調達額は、1940年の数百万ドルから1959年には1億1300万ドルまで急増した。

購入額が劇的に増えたことで、アメリカ軍の主契約に占めるカリフォルニア州の割合は、1951年の13%から1953年には26%へと倍増し、軍の契約支出総額でカリフォルニア州はニューヨーク州を抜いてトップに躍り出る。

アメリカ兵のイメージ
写真=iStock.com/LifeJourneys
※写真はイメージです

1955年から59年の間に、軍によるトランジスタの調達額は180万ドルから9900万ドルに増え、国防総省はたちまちのうちにトランジスタの最大の消費者になった。

実際、1967年まで、アメリカ軍はベイエリア企業が製造した集積回路の半分以上を買い上げている。

軍需が重要な先導役となって、消費者向けの市場も拡大していく。たとえば、1963年から68年の間に、集積回路の価格は31ドル60セントから2ドル33セントへ下落している。

起業家たちは、軍からの需要拡大に応えて続々と新規開業を続けた。資金調達は、インフォーマルな関係を通じて行われることが多かった。