体力、決断力、知性が求められるエリート部隊

ゼレンスキー氏から要請があれば、すぐ救出に動けるよう訓練を始めたのが、第2次世界大戦中、北アフリカ戦線を後方から撹乱するために創設された英SASと、国際テロ組織アルカイダ最高指導者ウサマ・ビンラディン容疑者を潜伏先のパキスタンで殺害した「ネイビーシールズ」だ。両者とも軍の精鋭を集めたエリート中のエリート部隊である。

特殊部隊の元祖とも言える英SASの選抜試験は極めて厳しい。主に陸軍と海兵隊からの応募者は極限の肉体的・心理的試験に合格しなければならない。合格するのはごく一握りだ。

英ウェールズのブレコン・ビーコンズ連山における5回の時間制限付き行軍、装備を身につけたままの水泳、ジャングルでのサバイバルコース、捕獲回避や尋問への抵抗に関する試験が含まれる。決断力、持久力、適応力、知性など求められる資質は多岐にわたる。SASに配属された隊員は現場で直面する困難に対応するため継続的に過酷な訓練を繰り返す。

オフロードを走るトラック
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第2次世界大戦中に結成された「一匹狼」軍団

SASの歴史を振り返っておこう。

第2次世界大戦中の1941年、英軍は北アフリカ戦線で「砂漠の狐」と恐れられていたエルビン・ロンメル将軍率いるドイツアフリカ軍団に苦しめられていた。英陸軍士官だったデービッド・スターリング(1915~90年)はドイツ軍の空挺部隊を見て、敵の後方に高度な訓練を受けた少数の精鋭部隊を落下させれば、ドイツ軍の航空戦力を破壊できると思いついた。

スターリングは優等生タイプではなく、長身で怠惰だったことから「巨大なナマケモノ」と呼ばれていた。エベレストへの初登頂や芸術家になることを夢見る夢想家だった。

第2次世界大戦で戦闘機や爆撃機、戦車など工業力が勝敗を分ける傾向が一層強まる中、スターリングは鍛え抜いた強靭な肉体と不屈の魂を兼ね備えた少数部隊による後方撹乱こそが戦況を変えると信じて疑わなかった。

スターリングは試しに自ら輸送機からパラシュートで落下した際、傘のセルが破れ、着地の衝撃で両足を痛めた。療養中にドイツアフリカ軍団の後方の砂漠が無防備になっていることに気づき、後方からドイツ軍の航空戦力を破壊する作戦を立案した。カイロの中東総司令部首脳に直訴してSASの結成を許される。

後方撹乱を遂行するため自分の判断で動ける「一匹狼」の兵士が集められた。短期間で過酷な訓練が行われ、負傷者が続出した。初出撃となった同年11月、最大級の暴風雨に襲われ、55人のうち生還できたのは21人。作戦は大失敗に終わった。しかし迎えのトラックが合流地点まで無事往復できたことから、地上から相手の後方に回る作戦に切り替える。