孤独死は避けるべきものなのか。東京大学名誉教授の矢作直樹さんは「一人でいることは決してネガティブなことではなく、家で孤独死することは本来褒められることだ。人の不安をあおってばかりいるテレビニュースなどを見ず、猫のように自分軸を持って生きることをお勧めする」という――。

※本稿は、矢作直樹『閉塞感がニャくなる魔法の言葉88』(ワニブックス)の一部を再編集したものです。

座っている高齢女性の手
写真=iStock.com/Kayoko Hayashi
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孤独死は特別なことでも寂しいことでもない

猫は気高く誰にも見られずに死ぬ、と言われています。これは、身体が弱ってきたときには誰の目にもつかないところに逃げ込むという防衛本能によるものだとも言われています。

今、世間では孤独死を、よくないこととして、問題として扱っている風潮があります。私はそうは思いません。

一人で家で死ぬということは、つまり、それまで一人で家で生活していたということです。

これは褒められこそすれ、非難されるようなことではありません。

家族と同居していたとしても、亡くなるときは一人です。たとえ、家族に見守られ、手を取られていたとしても、肉体を脱いで、あの世へ帰るときは誰もが一人です。

孤独死という言葉が独り歩きをして独居の人の不安をあおっていますが、なんの心配もありません。逆を言えば、誰もが孤独に死ぬのですから、孤独死は別に特別なことではありません。

寂しくもありません。先に逝った、あなたにとって懐かしい人が迎えに来るからです。両親かもしれませんし、配偶者や友人かもしれません。もしかしたら、飼っていたペットも一緒に迎えに来てくれるかもしれません。死は終わりではなく、こちらからあちらへ処替ところがえするだけです。楽しみに待っていていいのです。

独居の方は、家族や友人と毎日連絡を取り合うなどしていれば、万が一のときに時間がかからず発見されます。もし、時間が経ってしまっても、あなたの魂に傷はつかないし、なんの問題もありません。脱いだ服が少々いたんでしまうだけです。