人類は二足で走るようになって脳が発達した

人類の大きな特徴は巨大な脳と高知能ですが、進化的に先行していたのは直立二足歩行(450万年ほど前から)と直立二足走行(200万年ほど前から)です。

直立二足歩行も脳の進化的発達をそれなりに促しましたが、走行能力を進化させてから、脳はさらに大きく発達し始めました。

人類の進化的な「生業なりわい」である狩猟採集が走行によって格段に進歩したのが、脳の巨大化の一要因です。現代の狩猟採集民族(特に、現生人類の発祥の地であるアフリカの民族)にしても、よく歩き、必要に応じて走ります。

狩猟採集では高度な知能を使いますから、歩行・走行という有酸素運動によって、脳の発達が促され、知能が向上することは十分に予測できることです(たくさん歩行・走行したのに脳機能が低下したら、何の意味もないどころか、むしろ危険で、適応度を下げかねませんし)。

だとすれば、適度な有酸素運動が脳によい影響を与えることは十分に予測できることで、この仮説は多数の研究によって実証されています。

というか、非常に多くのデータ・論文があるので、「有酸素運動の有益性とそのメカニズム」を詳細に書くと相当な長文になってしまいます。なので、ざっくり書くと、ウォーキングやジョギングなどの有酸素運動を日常的にすることで知能や認知機能が向上しますし、当然ながら脳の構造も発達します。

日当たりの良い海岸トレイルでマラソンのためのトレーニングを実行しているフィットネス女性
写真=iStock.com/lzf
※写真はイメージです

40分のウォーキングを週3日で記憶力改善

この種の研究は以前からありましたが、21世紀になってから増え始め、2010年頃からさらに多くなりました。

初期の研究で脳科学的に有名なのは、加齢によって30歳頃から委縮する(小さくなる)脳領域を有酸素運動が改善する(委縮の程度を大幅に少なくする)という研究です(2003年にScienceに掲載)。

この流れでやはり有名なのは、高齢者を対象とした論文です(2011年)。この研究では適度な有酸素運動(40分のウォーキングを週3日)によって、1~2年で「海馬」の体積が増え、記憶も改善することを示しました。

海馬は側頭葉の内側にある脳領域で、記憶に深く関係し、かつ、老化がかなり早いです(老化で記憶力が低下する大きな理由の一つは、海馬の機能低下です)。

記憶は知能の基礎ですから、この研究は相当に重要です(前頭前野は海馬と強い神経連絡をもっていて、記憶を活用するという知的能力も当然ながら担っています)。しかも、有益なのはあくまでも有酸素運動であって、無酸素運動(この実験ではストレッチ体操)では無効果でした。

また、海馬の拡大を促す物質としてBDNF(brain-derivedneurotrophicfactor、脳由来神経栄養因子)という物質をほぼ特定しました。

有酸素運動によってBDNFが増え、海馬が拡大し、記憶が改善した、ということですね。