「まさか国連まで…」無国籍者の研究をはじめた理由

その日から長い間、自分が無国籍であることによって受けたショックを心の奥底にしまい込み、他人に言うことはなかった。言っても理解してもらえないだろうし、正直、どこか引け目を感じていた。だから、できるだけその話題を避けるようにしていた。

しかし、日々の生活の中で、自分が無国籍であることとどうしても向き合わなければならないことが多々あった。アパートの賃貸契約、銀行口座の開設など、身分証明書を確認しなければいけないときは、いつもしぶしぶ財布の奥から身分証を抜き出した。

「無国籍」と書かれた身分証を見ると、相手の表情が一瞬にして曇り、眉をひそめ、聞きづらそうに「あのー、無国籍って、どういうことですか……?」と聞かれた。そして、私が「信用の置ける人物」であることを証明するための追加書類、たとえば保証人が記された書類、銀行の残高証明書、在学証明書などを提示するよう求められた。

当時、国際関係学を学んでいた私は就職先を探している際、国家を超越した存在で、しかも無国籍者を支援・保護している国連なら理解してくれるだろうと思って採用試験に応募した。書類審査が通ったという通知を受け、心を躍らせながらニューヨークまで面接に行った。

風になびく国連の旗
写真=iStock.com/Viktor Sidorov
※写真はイメージです

しかし、私の考えが甘かった。国連からも「無国籍だと採用できないので、日本の国籍を取得してから再度応募してください」と断られてしまったのだ。

「まさか、国連まで……」私は国というものを基盤にして成り立っている社会の現実を思い知らされた。無国籍者であるということは、余分な労苦と努力、そして忍耐をともなうものだった。そこで受けた悔しい体験は、後に私を無国籍者の研究、さらには無国籍者の支援へと導く原動力となった。

国内、国外、家庭内、無国籍になる事情は1つではない

無国籍の人々について調べ、当事者に会って話を聞いていくと、無国籍になった原因や置かれている状況はさまざまであることを知った。

無国籍者は、国籍を持たず、いずれの国とも法的なつながりを持っていない。そのためどの国にも国民と認められておらず、また国民としての権利と義務を有していない。身分証明書上に「○○国籍」と記されていても、実際にはその国の国民としての権利を享受できない、事実上の無国籍の人もいる。

私のように、住んでいる国の合法的な居住権を持っている無国籍者もいれば、どこにも登録されず、居住権すらない無国籍者もいる。居住権がない場合、まるで透明人間のように扱われ、存在すら認めてもらえないということが起こっている。

無国籍となる原因は国々の情勢、国際関係、そして個々人の経歴によって異なる。

旧ソ連や旧ユーゴスラビアなどのように、国家の崩壊、領土の所有権の変動によって無国籍になった人もいれば、私のように外交関係の変動が原因で無国籍となった人もいる。

また、国際結婚や移住の末、国々の国籍法の隙間からこぼれ落ちて無国籍となった子どもたちも存在する。日本の場合、具体的にはかつて沖縄に多かったアメラジアンや、1990年代以降に増えたフィリピンやタイからダンサーとして来日した女性と日本人男性との間に生まれた婚外子がそうだ。