フェミニズムは弱者が尊重されることを求める思想
祝辞のなかでは、こうもいいました。
これには、「へえー、そんなフェミニズムの定義は初めて聞いた」という反応がたくさんありました。とくに男性は、自分たちの間尺に合わせてフェミニズムを理解しがちです。
「男女平等って、キミたち、ボクらみたいになりたいんだね、じゃあ、女を捨ててかかってこい」って。
こういう「男女平等」の理解にもとづいて成立したのが、男女雇用機会均等法(※4)です。この法律ができた当時、英語のスピーチで「この法律はテーラーメイドである」と卓抜な表現を与えた研究者がいます。大沢真理さん(※5)です。テーラーメイドとは「紳士服仕立て」という意味です。自分の体に合わない紳士服を、無理やり身につけることができた女だけが職場で生き延びられる、というのが均等法でした。
別に女は男みたいになりたいわけじゃありません。「男のようになる」ということは、強者、支配者、抑圧者、差別者になることです。女はそんなことをちっとも望んでいません。男も、過去には弱者だったし、いずれは弱者になります。フェミニズムは弱者が強者になりたいという思想ではありません。弱者になっても安心できる社会をつくることが、わたしたちの目的です。
※4 男女雇用機会均等法:正式名称は「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律」。1986年に施行され、数度、改正されている。募集・採用、配置・昇進等の雇用・管理等における性別を理由とする差別の禁止や婚姻、妊娠・出産等を理由とする不利益取り扱いの禁止等が定められている。
※5 大沢真理(おおさわ・まり):1953年~。経済学者。東京大学名誉教授。専門は社会政策の比較ジェンダー分析。著書に、過労死や福祉の貧困など大企業中心の社会がつくりだすゆがみと痛みをジェンダーの視点からとらえ直した先駆的著作である『企業中心社会を超えて 現代日本を〈ジェンダー〉で読む』ほか。
誰もが安心して弱者になれる社会にしたい
わたしたちがこれから求める社会とは、安心して弱者になれる社会、要介護になっても安心して過ごせる社会です。
最近、フレイル(※6)期間をできるだけ短くしようと、ピンピンコロリ体操などをやっているひとたちもいるようですが、「自分だけぬけがけして、要介護にならないでおこう」と努力する代わりに、安心して要介護者になれる社会をつくるために努力したほうがましです。
わたしは、認知症予防という言葉が、大嫌いです。認知症は今のところ、原因も予防法も治療法もわからない病気です。病気というより、加齢に伴う避けられない現象といったほうがよいかもしれません。もし認知症が予防できるとしたら、認知症になったひとに、「あなたが予防しなかったからでしょ」っていうのでしょうか? 認知症になったのは、自己責任だというのでしょうか?
好きで認知症になるひとなんかいません。そのひとたちに、「自己責任でしょ」って、「予防しなかったあなたが悪い」と。これが「自助努力」を求める社会だとしたら、こんなイヤな社会はありません。
わたしたちがつくりたいのは、認知症になっても安心できる社会、そして、障害者になったからといって、殺されない社会です。津久井やまゆり園のあの事件を思い出してください。
※6 フレイル:加齢により身体的機能や認知機能などが衰えた状態。健康な状態から日常生活にサポートが必要な要介護に移行する中間を意味する。