企業制度説に従っている日本の経営者は存続を重視する。そのために経営の安定化を図るような戦略が採用される。事業を集中化すれば、もっと高い利益率を得ることができるのに、経営の安定化のために事業の多角化を図る企業もある。将来への種まきである。

写真フィルムと同じような縮退に直面した他の産業でも、日本企業は生き残りを志向してきた。かつては天然繊維の紡績産業やレーヨン産業も、技術進歩に伴う需要の縮退を経験している。造船業は、国際競争力の低下によって、市場の縮退に直面した。テレビ市場が縮小してしまった家庭電器産業もこのような縮退に直面している。

これらの産業でも、日本の企業は存続を重視してきた。イギリスでは、紡績企業は消滅してしまったのに対し、日本の紡績業やレーヨン産業の企業は生き残っている。われわれは、このことをよいことだと考えているが、米国流に考えれば、ほかの用途に使えばもっと大きな価値を生み出していた経営資源を、将来の成長機会の乏しい企業の存続のために使ってしまっているという意味で問題だと考えることができる。企業が倒産するのは、経営資源を外に吐き出すという意味で社会の生産性を高めるという機能を果たしている。

アメリカにはこのような議論をさらに進めて、つぶれてもよいという特性こそ、株式会社のメリットの一つだという極端な主張をする人々もいる。株式会社という制度があるからこそ、企業はリスクテーキングができるというのである。企業用具説だから出てくる考え方だ。

興味深い見方ではあるが、このようなやり方は、リスクテーキングのつけを他のステークホルダーに持っていくという意味で株主のモラルハザードを誘発するという問題がある。しかし、そのような企業観を持つ投資家がいるということをよく知っておかねばならない。