ロシアでは政府に批判的なジャーナリストが暗殺されるケースが後を絶たない。軍事ジャーナリストの黒井文太郎さんは「プーチン政権を裏から支える民間軍事会社『ワグナー・グループ』の関与が疑われている。2018年にはこの会社を追っていた4人の記者が死亡した」という――。

※本稿は、黒井文太郎『プーチンの正体』(宝島社新書)の一部を再編集したものです。

指を指す女性
写真=iStock.com/ipopba
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記者の転落死現場にいた「迷彩服姿の男たち」

ロシア国内で偏狭な民族意識・愛国意識を扇動するポピュリズムで権力を強化したプーチンだが、その裏ではダーティな手法を多用している。自分に都合の悪い人間を消す、すなわち「暗殺」だ。

ロシアではプーチンに睨まれたら最後、誰しもが、いつどのような形で命を失うことになるかわからない。政権による暗殺の証拠が挙がらなくても、暗殺が強く疑われる不審死も多い。

たとえば2018年4月12日、ウラル地方スベルドロフスク州エカテリンブルクでのマクシム・ボロジンの変死事件がある。ボロジンはニュースサイト「ノービ・デン」の記者だったが、その日、アパート5階にある自室から転落し、3日後に病院で死亡した。転落した経緯は明らかではないが、遺書などは残されておらず、勤務先も「自殺の理由はない」と明言している。

また友人の一人は、転落死前日の午前5時にボロジンから電話を受けており、「バルコニーに銃を持った男がいて、階段にはマスクを被った迷彩服姿の男たちがいる」との話を聞いている。

ボロジンが政権によって暗殺されたのではないかとの疑惑は、この「迷彩服の男たち」の話に加えて、ボロジンの当時の仕事内容にもある。彼は、ロシアの民間軍事会社「ワグナー・グループ」について記事を書いていたからだ。

ロシア軍情報機関の作戦を行う「民間軍事会社」

ワグナー・グループはウクライナやシリア、リビア、マリ、中央アフリカなどに投入されている表向きは民間軍事会社で、その要員も民間のロシア人雇い兵だが、作戦に関しては、軍の情報機関である参謀本部情報総局(GRU)の事実上の指揮下にある。ロシア正規軍が公式には活動していないことになっている地域で、GRUの作戦を行ういわばダミー組織である。

ただし、すべてがGRUの擬装作戦というわけではなく、アフリカなどでは現地の独裁政権や鉱物利権を持つ軍閥などと結託し、それなりに報酬を稼いでいることもある。

組織規模は最大で数千人とみられるが、継続的な隊員ばかりでなく、その時々で契約があり、要員数は時期によって大きく変動する。中核は元GRU隊員を中心に、元ロシア軍特殊部隊などの要員で、戦闘機の操縦士などもいるが、その他の短期契約の一般隊員は元プロ軍人ばかりでなく、むしろロシア各地で募集された応募者たちが多い。彼らは兵士としては練度が低く、ある意味で“消耗品”として危険で劣悪な状況の現場に投入される。