証拠は隠滅、ダウンロードされたデータ数は不明

デンソーの社員が不審な行動に気付いて、07年2月、技術者の自宅を訪ねたところ、技術者は私物のパソコンに内蔵されたハードディスクを千枚通しのようなもので破壊した。証拠隠滅だった。結局、ダウンロードされたデータが合計何件だったのか判明しなかった。技術者はこの直後にも中国に一時帰国していた。

――この技術者は何者だったのか。

来日前はミサイルなどを製造する中国の軍需産業管理機関傘下の企業に在籍していた。在日中国人らでつくる自動車技術者協会の副会長も務めていた。協会では、中国の自動車関連企業などとの窓口を担当していた。副会長に就任したのは06年11月ごろで、データを大量にダウンロードしていた時期と重なっていた。協会での立場を利用して中国企業にデータを渡していた可能性がある。

ラップトップでタイピングする手のクローズアップ
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重要情報が入手できる部署に配属してはいけない経歴

デンソーには01年に入社後、機能品技術部でエンジン関連部品の設計を手がけていた。中国の軍需産業管理機関傘下の企業に在籍していたという経歴の外国人を、重要情報が入手できる部署に配属してはいけない。

デンソーは、トヨタグループで、その技術力は世界的にみても高い。持ち出された産業用ロボットやディーゼル噴射ポンプなどの設計図面は民生用とはいえ、中国軍の機械関係の近代化に寄与したことであろう。中国で民生用に使われたとしても、日本の企業が磨き上げてきた高い技術を、中国の利益にされてしまったことになる。

名古屋地検は、07年4月、技術者を不正競争防止法違反(営業秘密の侵害)で立件することを断念した。実際にデータの受け渡しがあったかどうかの解明ができなかったためだ。技術者は、データを持ち出したのは「研究のため」と主張した。地検は供述を翻すことはできなかった。県警が押収した記憶媒体はすでに破壊されていたこともあり、事件の全容解明には至らなかった。結局、処分保留のまま釈放し、不起訴処分(起訴猶予)とならざるを得なかった。

企業が持つ機密データを対外的に渡したかどうかの立証は難しい。