他にも中国のスパイになった人物がいる可能性がある

元技官はコピーを持ち出した約1年9カ月後、業者とともに、北京に渡航していた。在職中の2001年12月のことで、渡航費用は業者が負担していた。業者が「あなたに来てもらわないと困る」と強く言って北京に誘ったようだ。

北京のオフィスビル街
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元技官は渡航中に北京のホテルで素性の分からない中国人と面会している。元技官は、「中国政府関係者だと思った」と供述していた。人民解放軍等軍事関係者だった可能性がある。

元技官は飲食代金につられてスパイになった。売国的行為と非難されても仕方がないと思う。

――元技官が持ち出した資料は、どの程度、機密性が高いものだったのか。

防衛庁は報告書を自衛隊法で定める「防衛秘密(当時)」に指定していなかった。防衛秘密は国防上、特に秘匿が必要な情報だ。漏洩には罰則があり、5年以下の懲役だ。

防衛庁が防衛秘密に指定していなかったものだから、警視庁は自衛隊法違反容疑ではなく、窃盗罪で書類送検せざるを得なかった。

実は、業者の自宅を捜索したところ、潜水艦に使うゴム材の資料も見つかった。その分野を研究していた別の元技官が「自分の研究内容を書き直して業者に渡した」と認めた。その業者も「中国に渡航して、資料の大半を軍関係者に渡した」と話していた。

業者の自宅には、防衛庁が進める装備近代化に関する資料も残されていた。資料には最近の研究テーマや目的、予算額などが書かれていた。2人以外にも、中国のスパイになった人物がいた可能性があるということだ。

中国人技術者が暗躍したデンソー事件

――中国は軍や産業の近代化を目指している。

中国軍の近代化に転用されかねない情報を中国人技術者が持ち出した事件も記憶に残る。

大手自動車部品メーカー「デンソー」(愛知県刈谷市)の中国人技術者が、自動車関連製品の図面を大量にダウンロードした会社のパソコンを無断で持ち出していた。愛知県警は、2007年3月、中国人技術者を横領の疑いで逮捕した。社内のデータベースから、産業用ロボットやディーゼル噴射ポンプなどの設計図面データを、支給されたノートパソコンにダウンロードした上、同年2月に、自宅に持ち帰ったというのが直接の容疑だった。データベースにパソコンから接続し、産業用ロボットの図面など約1700製品のデータ計約13万件をダウンロードして入手していた。うち約280件は機密扱いになっていた。

図面を大量に入手し始めた時期と、中国に頻繁に一時帰国するようになった時期が一致していた。データを中国に持ち出していたのだろう。

データのダウンロード件数は06年9月までは多い月でも10件程度だったが、10月は1万800件、11月12万件、12月に4000件と急増していた。件数が増えた06年10月以降に2回、中国に帰国していた。