天野実業社長 吉岡信一(よしおか・のぶかず)
1947年生まれ。同志社大学卒業後朝日麦酒(現アサヒビール)入社。87年発売の「スーパードライ」開発チームメンバーを務め、その後も「十六茶」などヒット作に関わる。常務執行役員開発本部長から資本・業務提携した天野実業へ。2009年から現職。


 

「カレーを私が提案したことで、若手が気づいてくれた。何か新しいことを、自分たちがやってもいいんだということを」

社員の話になると、瞳の奥が輝き始める。本来は商品開発者だが、いまは商品以上に人材を育てる経営者だ。アサヒビールグループの天野実業(広島県福山市)は、フリーズドライ商品の最大手。約200種類を販売している。だが、主力は「みそ汁」シリーズ。一般向け商品の約6割を占め、社内には「みそ汁を脅かす新商品は開発してはならない」とする暗黙の決まりごとが一人歩きしていた。

これを打ち破ったのがカレー。同社の若手女子社員は言う。「吉岡さんが開発部門に突然やってきて、カレーを作れと指示しました。フリーズドライカレーは世の中になく、みな驚いた」。カレーは2009年秋に発売され、スパイシーな香りで好評を博す。

アサヒ入社は1970年。当初は営業で東京・蒲田を担当。「アサヒなんていらない」。酒屋や飲食店から何度も言われる。アサヒは深刻な経営危機に陥っていくが、やがて開発部門に異動。87年発売の大ヒット商品「スーパードライ」開発に参画した。その後も、「十六茶」「ワンダ モーニングショット」などヒット作に関わる。なのに、「本当は失敗も多かったのです」と返す笑顔に、実直な人柄が滲む。

「(旧住友銀行副頭取から86年にアサヒに転じた)樋口廣太郎社長から、『アメリカで遊んでこい。成果はいらない』と、まだ経営が苦しいのに送り出されました。人材育成で受けた経験を、いまは当社に生かしたい」

団塊世代が65歳を迎え、高齢化は進行。お湯を注ぐだけで食べられる食品のニーズは高まる。「元気社員が集まる、元気な地方企業にします」

(永井 隆=写真)