※本稿は、河東哲夫『日本がウクライナになる日』(CCCメディアハウス)の一部を再編集したものです。
農奴の貴族に対する憎悪が、心の底に残っている
開戦後、プーチンの支持率は少し上がった。調査元によって違いはあるが、だいたい80%弱といったところ。2014年のクリミア併合の時は一時90%に迫ったが、西側による制裁と原油価格の下落で収入が下がると、支持率も60%程に下がった。
今回はクリミア併合のような成果はない。ロシア国内では、ウクライナで民間人を殺戮していること、ウクライナではプーチンの言う「ナチ」はほんの少数で、社会が団結してロシアを敵と思っていることは隠されている〔プーチンは今回の戦争をあくまで「特殊軍事作戦」と呼び、その目的をウクライナの「非軍事化」と「非ナチ化」だと説明している〕。
後で言うようにウクライナにネオ・ナチは本当にいるにはいるが、ウクライナ軍全部ではぜんぜんない。そういうことがわかってきた時に、隣の家の息子が戦死して遺骨となって帰ってくる……。そうなれば、ロシア人の怒りは怖い。言ったように、もともと農奴の貴族に対する憎悪が、心の底に残っているからだ。
「本当のこと」を知ろうとしているインテリは多い
宇露戦争の真実を、知る人はもう知っている。別に大学を出ていなくとも、本能でかぎつける天然インテリは多い。そして、教育水準の高い者はリベラルであることが多く、インターネットで本当のことを知ろうとしている。ここでのリベラルは日本でのリベラルとは少し意味が違い、自分の自由、他人の自由を大切にするという意味だ。
だから開戦早々、「みんな怖がってる。息子たちをまた戦場に送り出すことになるんじゃないかと」と、僕に言ってくるロシア人がいた。ショイグ国防大臣の娘婿やペスコフ大統領報道官の娘はSNSに、「戦争反対」のハッシュタグを表示させたと報道されている。1991年8月保守派のクーデターに抵抗して、街の広場でアジ演説をやった男は、僕がSNSにアップした、「国連からロシアを除け」という日本語論文を自動翻訳でもして読み、「いいじゃないか」というコメントを書き込んだ。よく知っているある古手(ついこの前まで若手だったのだが)の有識者は、「プーチンが、まさかここまでやるとは。自分はロシアの前向きの発展のためにやってきた。それが彼らは自分たちだけのために……。自分は今、落ち込んでいる」とインタビューで語っている。そうした人たちは、一生かけてやってきたことを、いとも簡単に否定されてしまったのだ。