※本稿は、出井伸之『人生の経営』(小学館新書)の一部を再編集したものです。
日本が停滞感から抜け出せない最大の原因
日本経済がどん底にあるなかで、中国が安い土地と安い人件費で“世界の工場”として名乗りを上げ、ものづくりの主役になっていきます。
僕は現在の日本がいまだに停滞感から抜け出せていないのは、戦後復興を成し遂げたものづくり神話から抜け出せていないのが最大の原因だと思っています。
ものづくりの時代の発想というのは、新しいテクノロジーを自分で開発して、それを使った製品を作れば、みんなが「すごい、すごい」と買ってくれてヒット商品になり、大量生産してコストを下げて利益を出すというものです。
しかし、今のインターネットの時代は逆で、「こんな製品がほしい」「あんなサービスがあればいいな」というユーザーの声に耳を傾け、すでにある技術あるいはベンチャーが開発した新しい技術を組み合わせて実現する。料金も「いくらならユーザーは払うか」で決める。なんなら無料にして、ユーザー数を増やして広告など別の手段で稼げばいい。グーグルやフェイスブック(現メタ)、アップルなどはみなそうです。自分で新しいテクノロジーを開発する必要は特にないのです。
判子のデジタル化は“攻めのデジタル”ではない
発想のベクトルが逆で、これこそがデジタル革命なんです。そこを誰もわかっていなくて、書類に捺す判子をデジタル化するだのなんだのと言っているのを見ていると、空しくなってきます。こんなのは“守りのデジタル”であって、新しいものを生み出す“攻めのデジタル”ではありません。デジタル革命とは何かをいまだに理解しないまま、右往左往しているのが今の日本です。
こうした歴史を知らなければ、世界の中で今の日本企業が置かれている立ち位置がわからないし、これから世界とどう戦っていくべきかも見えてきません。
高度成長時代の日本企業で働いていたサラリーマンは楽だったと思います。「そんなことはない。猛烈に忙しくて、猛烈に働いたぞ」と反論する方もおられるかもしれませんが、あの時代には、自分が何をすればいいのか誰もがわかっていて、確実に明るい未来があり、定年までこの会社で働いていられるという安心感がありました。目の前の仕事に邁進していれば、業績は右肩上がりに伸びました。未来を信じられれば、仕事がいくら忙しくても辛くはない。むしろ楽しかったはずです。