当時一番のヒットモデルは、〈クリエイター〉シリーズの〈YX-6〉だ。黒地に黄色のエクセルライン。アッパーは軽さや通気性や足馴染みの良さからサッカーシューズ素材として最高とされているカンガルー革で、ポリウレタンの固定式インジェクション(一体成型)ソールが組み合わされる。
これだけ贅沢に作っていながら、価格はわずか9800円。売れない方がおかしいというものだ。
実業団、代表クラスの選手がライバルに流れ出す
だが日本サッカーリーグ、日本代表といったトップレベルでの占有率は、70年代に入るとかなり低下していた。
アディダス、プーマはそのステータス性から相変わらず着用者が多かった。国産のオニツカ(現・アシックス)もぐんぐん品質を上げ、しかも広告で高級感を演出するなどして、サッカーでも国内トップメーカーとなるべく攻勢をかけていたから、選手人気は高かった。
彼ら実業団プレーヤーはメーカーからシューズを支給されるので、値段など関係なく、純粋に自分の好みでブランドを選ぶことができた。
安田はこれに対し、あくまでも自分で金を払ってシューズを買ってくれる層に照準を合わせた。
質実剛健の職人気質は創業当時からの社是であるし、派手なプロモーションをしたくても国内市場のみを相手にしたサッカー専門メーカーだから、資金力や人材リソースには限りがあったからだ。
ターゲットは、トップレベルから中高生に
中でも安田が力を入れたのは、中高生である。まず、パイが大きい。そして彼らは親からもらった金や自分の小遣いでシューズを購入する分、コストパフォーマンスというものを考える。
とにかく、うちのシューズを履いてみてほしい、履いてもらえれば絶対に良さはわかってもらえるから――安田の営業マンたちはそんな自信を持っていた。戦前から日本人の足を触りながら、日本人の足に一番合うようにと靴を作り続けてきた会社だ。履き心地やキックの際の感触は一番なのだ……。
だがその、履いてもらうまでが大変だった。憧れの外国人プレーヤーと同じ靴を履きたい。かっこよく見える靴がほしい。有名なブランドがいい。こんな欲求の前では、安田のコストパフォーマンスやフィット感は必ずしも効力を発揮しなかった。
サッカー少年・青年の心の中では、いつしか安田はかつてのような「プライドをくすぐる」ブランドではなく、「ちょっと、あか抜けない」ブランドになってきていた。
青×黄の帝京モデルを生んだ全国高校選手権
安田にとって営業上重視せざるを得ないイベントが、全国高校選手権だった。
80年代までは日本代表や日本リーグの試合よりはるかに人気があった。テレビの全国中継もある。シューズが画面に映れば、主力ユーザー層である中高生へのアピールも大きい。選手権に出場するような強豪に食い込むため、安田は様々な努力を続けた。