ついに「大前流思考法」の基本に出逢う連載第5回目。キーワードは「物理学」だ。「物理とは何か。勘定を入れずに自然を見ること。ぼくは物理学者なんだよ。学生時代から変わっていない」と大前さんは話し始めた。
トーマス・フリードマンの「元ネタ」
「ボーダレス・ワールド(国境なき世界)」という概念を世界で最初に唱えたのは、恐らく私である。
アメリカのジャーナリスト、トーマス・フリードマンの『The World is flat(フラット化する世界)』(2005年)は世界的なベストセラーになったが、彼は『The Borderless World』(1989年:ハーパー)を読んで、『この方向性について、世界的な事例を集めたい』と私を訪ねてきた。「どこからスタートすればいいでしょうか」というから、中国大連の夏徳仁市長を紹介した。大連には私が経営するBPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング 企業内の一部の業務プロセスを一括して専門業者に外部委託すること)の会社が今もあって、現地の中国人が日本語の仕事をしている。このコンセプトを98年に当時の市長だった薄煕来さん(今の重慶市書記)に提案してソフトパークとBPOセンターが生まれた。900社で9万人の新しい雇用が生まれ中国中央電視台(CCTV)で私の貢献を物語にした1時間番組ができたほどだ。フリードマンは大連での見聞が余程気に入ったのか『The World is flat』の第1章の冒頭に記している。
『The Borderless World』において、私は「グローバリゼーション」という言葉を初めて使ったが、その頃から「世界のフラット化」「経済のグローバル化」は始まっていた。21世紀に向かって本格的にやってくる時代の潮流、新しい世界観を私は「ボーダレス・ワールド」と名付けたのである。
『ボーダレス・ワールド』よりも10年以上前に私は『トライアド・パワー』という本をアメリカで出している。これは日米欧7億人の先進国経済が著しく類似したものとなり、「お国柄」などを超えて共通の趣味、趣向、購買動機、ライフスタイルなどが出てきて、企業戦略もそれを反映していかなくてはならないし、3つの市場で同じような強さを持たないと競合戦略上不利になる--という考え方を提示した。いまではそこに新興国経済が加わり、まさに30億人の国境なき経済圏が出現している。この経済のボーダレス化は以降の私の著作に通底する概念のひとつであり、その中で企業に何が起こり、どうしなくてはならないか、国家に何が起こり、どうしなくてはならないか、地域社会に何が起きるのかということを私は語り続けてきた。
「Capital(資本、カネ)」「Corporation(企業、商品、人材)」「Consumer(消費者)」「Communication(情報)」。企業経営の必須資源である4つのCがスイスイと国境をまたぐようになり、「Currency(通貨)」を含めた5つのCを国家の枠組みに閉じ込めておくことができない時代になった――。
私はレーガン政権下のアメリカをつぶさに観察していて、そのことに気付いた。レーガン大統領は主に金融、通信、運輸の分野でほとんど撤廃に近い規制緩和を行った。この3つの領域が自由化された結果、お金と情報とモノ(物流)が自由に国境を往来するようになったのである。