匿名出産で生まれた人々による発信が多くある

匿名出産の歴史が長く、養子縁組が社会的に受容されているためだろう、フランスでは匿名出産で生まれた人々の発言や発信が多く見られる。20世紀後半に子供側の「出自を知る権利」に関する制度整備の議論が高まった背景にも、当事者たちの意見表明があった。

たとえば大手全国紙「ル・モンド」では、2016年、匿名出産で生まれた30代女性のインタビューを長文で紹介している(ル・モンド“Pour moi, être née sous X et avoir grandi dans ma famille, c’est une grande chance”2016年6月28日)。養父母に愛情深く育てられた女性は匿名出産を「自分の人生の大きなチャンスだった」と表現。しかし成人後、自身の出産に際して、出自に関する複雑な思いが湧く。そこで生みの母の身元を探索しかけたが、途中でやめた。彼女は母親について「おそらく15歳ほど、とても若くして出産した」と聞かされており、その選択を尊重したい、意志を裏切りたくない、と考えたという。

「女性が匿名出産を選ぶには、相応の理由があります。そしてそれは、あまり楽しいものではないから」

インタビュー内で女性は、そう言い添えている。

ノートパソコンの上に重ねた新聞
写真=iStock.com/Daniel Tadevosyan
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匿名出産は「愛情行為としての選択」

2019年、フランス全土の国家後見子は、匿名出産の子を含め3248人。うち884人が、養子縁組を前提に養親家庭で暮らしている(出典:フランス児童保護オブザーバー)。前述のブルリー会長によると、養子縁組した家庭は、生みの親よりも世帯年収や生活環境の良いケースがほとんどだという。

そんなフランスでは、匿名出産は子供の遺棄ではなく、「子供を愛するゆえの行動」との視点で認知されている。避妊に医療保険が適用され、人工妊娠中絶も自己負担なしで受けられると、妊娠出産に関して女性の自己選択権が尊重される土壌がある。それでもなお養子縁組を前提に匿名で子を産む選択をするのは、生まれてくる子供に自分が育てるよりも良い環境を与えたい、この方法なら与えられる、と考えるからだ、と。

その好例として挙げられるのが、1990年に児童精神科医のキャサリン・ボネが、匿名出産を選択する女性に関して行った心理学研究だ。研究成果は『愛の行為、匿名出産』と題して出版され、話題を呼んだ。匿名出産を選ぶ女性は子供時代に虐待を受けたケースが多く、そのトラウマから自分自身も子供を虐待してしまう可能性を恐れ、より適正に子供を育てるであろう養親に託す。匿名出産は愛情行為としての選択なのだと、本書内でボネは主張している。