生まれる子と母親を守るための保健政策
「フランスの匿名出産は、生まれる子と産む母親の健康を守るための、公衆衛生政策です」
前述のブルリー氏はそう明言する。フランスでは1994年以降、児童の虐待死について新生児年齢での統計を取らなくなっており、正確な数字は不明だが、警察の年次報告からは、社会問題化するほどの数字は見られなくなっているそうだ。一方、その「公的な数字」は実態よりも少なく、家庭内事故死として認知されている新生児死亡の中には虐待死が含まれている可能性があると、警鐘を鳴らす報道も出ている(出典:Le Monde, “Les infanticides, des meurtres à l’ampleur méconnue” 2021年2月6日配信記事)。
実は日本でも、母親による新生児殺害の正確な数字は年次データとしては把握されていない。2019年度の厚労省によるまとめでは、同年の虐待による児童死亡(親子心中死以外)は57件、うち約半数の28人が0歳児で、そのうち11人が生後1カ月間以内に亡くなっている〔厚生労働省「子ども虐待による死亡事例等の検証結果等について(第17次報告)」〕。
また令和2年の警察庁犯罪統計では、0歳児殺人が13件、未遂が4件認知されている。行政や警察機関にすくい上げられない事例は、さらにあるだろう。実際、数年後に遺棄が発覚する事件は過去に何度も起こっている。
そして児童相談所が保護した「棄児(遺棄され、保護された時に親が分からない児童)」の0歳児は、令和元年度で24人、令和2年度で13人となっている(出典:福祉行政報告例・年次報告「児童福祉」の表番号22)。
避妊が医療保険の対象外にあり、高額な人工妊娠中絶手術が全額自己負担とされる日本では、望まない妊娠・出産を防ぐハードルがフランスよりもずっと高いのだ。
子供は生まれる親や環境、妊娠の背景を自ら選べずに、この世に生を受ける。どんな経緯でどんな親から生まれた子でも、安全に守り育てられるにはどうしたらいいか。里親・養子縁組など社会的養護の拡充とともに、あらゆるケースでの出産を、法と医療の枠内で支援するよう、早急に制度を整えるべきだ。その議論にあたり、今回紹介したフランスの匿名出産制度は一つのヒントになるだろう。