熊本市の慈恵病院は1月4日、母親が身分を隠して出産する「内密出産」を2021年12月に実施したことを明らかにした。フランス在住のライター髙崎順子さんは「日本には、生みの親が子供を養育しないことを前提とする出産の制度がない。約200年前から“匿名出産”を行っているフランスの制度は参考になるのではないか」という――。

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新生児
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「生みの親が養育しないことを前提とする出産」の制度がない

2021年12月、熊本県熊本市の慈恵病院で、「内密出産」が行われた。自ら子を養育できない母親が身元を隠して出産できるよう、同病院が独自に導入したものだ。出産後の女性は経過に問題なく退院。生まれた子供は病院に保護された。戸籍の作成に関して熊本市と病院側の協議が行われ、熊本市が市長の職権で戸籍を作成することとなった。

日本では、親の身元が不明な状態で置き去りにされた子供を「棄児」として保護し、身元を調査・捜索する制度がある。一方、「生みの親自身で子供を養育しないことを前提にする出産」をめぐる制度は存在しない。そのため、自分では子を育てられない状況で妊娠をした女性が、それを誰にも言えないまま孤立出産に至り、生まれた新生児の遺棄・死亡に至る事件が繰り返されてしまっている。ほとんどの場合、妊娠に至る性行為をした男性や女性の家族は不在だ。

孤立出産は、大出血など命の危険もある分娩に妊婦を一人で放置する、現代の高度医療化社会では容認できない事態だ。養育できない子供の妊娠出産は、母子双方の命を大きな危険に晒す社会問題と言える。

今回の熊本のケースは女性が妊娠中から、わが子を他者の実子として養育されるように託す、特別養子縁組を希望していた。この女性を、2019年に母子救命のために内密出産の仕組みを導入した慈恵病院が支援したことで、女性は危険な孤立出産を免れ、子供の命が救われたのだ。

現在、この子供の戸籍作成に尽力する慈恵病院と熊本市をはじめ、政治家や福祉団体など多方面から、内密出産の制度化を訴えている声が高まっている。

全国の産婦人科施設で「匿名出産」できる制度がある

筆者の住むフランスは、200年以上前から「自ら養育しない母親が、身を明かさずに子を出産すること」を公的に認めてきた、世界でも珍しい国だ。「匿名出産(もしくは秘密出産)Accouchement sous X(sous le secret)」の名称で制度化されており、それを選択する女性は全国の産婦人科医療施設で、自己負担なしでの出産が可能となっている。現在では年間約600人の子供が、この制度のもとで誕生。その子たちの大半が18歳の成人までに、養親に実子として縁組され、養育されている。

このフランスの匿名出産制度と運用実態、社会での受容について、紹介していこう。

フランスの匿名出産の公的な枠組みは、フランス革命直後の1793年までさかのぼる。国として出生登録制度を整備するにあたり、女性が匿名で出産することと、そうして生まれた子の出生登録を法的に認めたのだ。その後1844年には分娩に従事する医師・助産師に、匿名出産を希望した女性の名の秘匿義務が課されている。生みの母の匿名性を公的制度で守る理由は「危険な闇中絶や孤立出産、新生児殺人を防ぐため」とされてきた。