原発構内の作業員700人に迫る「最悪の事態」
吉田は、発生した爆発音から、2号機の格納容器破損の可能性があると判断した。異変が起きた時点で第一原発にはおよそ700名の人員が残っていた。破損の規模が大きければ、もはや一刻の猶予も許されない。構内に残る所員の命にかかわる致死線量となってもおかしくないからだ。
当時、第一原発で作業にあたっていた元所員の男性も、このとき免震重要棟にいた。怖れていた「最悪の事態」がついに到来したと強い恐怖を感じたという。
【匿名氏】まだ薄暗かったと思うんですけど。寝てたんですよ、そのとき、確か。上司から「行くよ」っていわれて、「え、どこっすか」っていったら、「2Fに避難すっから」っていわれて。たぶん、「爆発」っていわれたような記憶があるんだけどな。それで慌てて着替えて、タイベック(防護服)、全面マスクで。避難って聞くとやっぱり、いよいよかって思いますよね。イメージはもう格納容器が爆発ですよね。そしたらもう空間線量も上がってしまうんで、即死レベルの線量じゃないんでしょうかね。
撤退を許さない――。政府として決めた方針ではあった。
しかし、現場の人員の前に死の恐怖が大きく口を開いて待ち構えているとき、その方針を彼らにどうやって強いることができるのか。東電本店に乗り込んだ菅が、東電社員の前で演説を行ってから、まだ2時間も経っていなかった。
菅総理の判断は「給水のものだけは残せ」
【寺田】小部屋の方で、吉田所長の申し出を受けた東電本店から、総理へ、「退避はいいですか」と、「了解してもらえますか」とお伺いを立てていたのは記憶にあります。
——そのときの総理の判断は?
【寺田】「給水のものだけは残せ」と。
——給水の人、水を入れる人ですね。
【寺田】はい。いかに冷却をするか、燃料棒を水で冷やすかということが、東日本壊滅を避ける絶対の作業ですので。そこの命綱だけは絶対に譲らんということだったんだと思います。作業員の方の健康の問題、命の問題はあるとは思うんですが、給水だけは続けて、なんとかこの原発だけは抑えて、日本を安全なものに導かなければならないと。
菅の判断は、「撤退は許さない」、しかし「注水要員を残しての退避は認める」というものだった。これはいい換えれば、作業継続を東電に求めたことにほかならない。
【菅】軍事的な問題であれば自衛隊ですし、事件的な問題であれば警察ですし、あるいは、通常の意味での火災であれば消防ですが、危機的なときに、ある意味、命を賭してその対応にあたるというのは、民主主義国家でも、そういうことが求められるというのは十分あるし、それを任務として、責任としてやってくださっているから、危機に対応できているわけですね。
このときの東電事故でいえば、そういう対応する能力のある人たちというか、部隊というのは、事実上、あの場面でいえば、東電の所員をおいていないわけですよ。