「信頼されるリーダー」になるべく行ったこと

生前の野村は「言葉は力なり」と語り、さらに、次のように続けた。

リーダーが力を発揮できる最大で唯一の媒介は、「言葉」である——。

「組織はリーダーの力量以上には伸びない」ということを知っていた野村は、信頼されるリーダーとなるべく、乱読に励んだ。

図書館の机の上には開かれた本
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古今東西の名著に触れ、自身の知識と教養をブラッシュアップすることに努めた。

そこに自らの思索と経験を付加していき、唯一無二の「野村語録」は磨かれていったのである。

ゆえに彼が遺したさまざまな言葉は今も生き続け、決して古びてしまうことはないのだ。

野球に無縁の読者も野村語録に親しむ

無論、野球も時代はどんどん変化している。しかし、彼の言葉には、いつでも通用する普遍性がある。野村の薫陶を受けた者たちが、今も重用される理由がそこにはある。

現在でも、多くの球界関係者たちが「野村ノート」に目を通しているという。

球界だけではない。書店に行けば、今もなお「野村克也本」コーナーには多くの書籍が並んでいる。野球とは無縁の一般読者までもが、「野村の言葉」を求め、ヒントを探そうとしているのだ。

一番弟子・古田が語ったこと

野村は常々、「財を遺すは下、仕事を遺すは中、人を遺すは上とする」と語っていたが、彼は財も、仕事も、もちろん人も遺して旅立った。

現在の球界には、野村の教えを受けた「野村チルドレン」が多数存在している。

古田敦也は、高津監督直々の依頼によって21年春、ヤクルト沖縄キャンプにおいて臨時コーチを務めた。

コーチ就任にあたって、古田は改めて「野村ノート」を読み返したそうだ。このときの指導によって、ヤクルトの正捕手・中村悠平は多くのことを学び、同年の日本シリーズMVPに輝く飛躍を見せた。

およそ30年前のノートを読み返してもすぐに、古田の脳裏には「野村の言葉」がよみがえったという。そして、そこに書かれた内容を、令和時代の選手たちに向けて変換して伝えたのだ。