日本のトイレによい香りをもたらした「サワデー」

留学といっても、自分の会社と仕事のことが頭から離れるはずがありませんでした。ともかく「これは!」と思う商品を日本に持ち込んで、新たに製品開発し、販売しようと考えていました。

まだ若く、経験不足な私でしたが、この時期にガムシャラに仕事に取り組んだことが、結果として、一つひとつのビジネスを成功させ、現在の小林製薬の活路を見いだすことにもなったのですから、経営とは不思議なものです。

日本にはまだ消費市場が形成されていない状況下で、お客さまが「もしあったら購入したいな」と思われる商品を先んじて開発できれば、競合相手はゼロに等しいはずだ――。このシンプルな発想により、私は最初に「アンメルツ」、それから「ブルーレット」、さらに「サワデー」の開発を手掛けていきました。

3番目のサワデーの発売開始は1975年5月です。日本には、お香や線香の文化があり、日本人は香りや匂いに敏感な国民だと思うのですが、1970年代になっても、欧米と違って、トイレや部屋の芳香消臭剤という市場が未成熟な状況でした。

留学中に見た米国のトイレは、便器はピカピカで、芳香剤からはよい香りが漂っていました。それに比べ、当時の日本のトイレにはボール状の強い臭いの消臭剤がよく置かれていました。そのなかで、「爽やかな香り」「花の香り」のする芳香消臭剤というニーズを掘り起こし、「サワデー」というネーミングの新商品を上市して、大きな成功を得ることができたのです。

大手が「やりたがらないビジネス」で会心の一撃

大ヒットの理由を私なりに分析すると、「御不浄」と呼ばれていたトイレの用品だったことにあると認識しています。

トイレの芳香消臭剤の先駆けとして大ヒットした「サワデー」
トイレの芳香消臭剤の先駆けとして大ヒットした「サワデー」(画像提供=小林製薬)

かつての日本のトイレは「汚い場所」であり、強い悪臭を放つ「不浄な場所」で使用するトイレ用品に手を出すのは二流メーカーがやることで、一流メーカーの仕事ではないと思われていました。つまり、大手が「やりたがらないビジネス」だからこそ、小林製薬の入り込む余地があったわけです。10年もすれば、日本のトイレも米国のようになるだろうというイメージが私にはありました。

考えをめぐらし、商品アイデアを創出するための仮説を練り上げ、同時に、利便性や価格なども検討していきました。社員の自宅でも試してもらうなど、さまざまなテストを繰り返して、自らの仮説を検証していくうちに、ヒットの予感は高まってきました。

そして発売から3カ月後には、当初の年間目標の30万個をはるかに超える70万個を売ることになりました。私にとって、まさに会心の一撃でした。