辞められると番組制作に支障が出る…

まず、最大の理由は「厳しくすると辞めてしまうから」である。若者のテレビ離れが言われ、ただでさえなり手が少ないADなのに、昔のように厳しく接すればすぐに辞めてしまう。そうなればたちまち番組制作に支障が出てしまうことになる。

次いで、「コンプライアンスや働き方改革についての放送局の認識が高くなったから」である。局のプロデューサーから「ADの待遇をちゃんとするように」と口を酸っぱくして指導がくる場合が多い。

そしてもう一つの理由は、ADの雇用形態だ。かつてADは局や制作会社の若手社員やフリーランスがその多くを占めたが、現在ではAD派遣会社から派遣されてきている場合が多い。

制作会社のディレクターたちにとって、自社の後輩であれば「将来のためを思って」などという建前で厳しく接しやすいだろうが、別の派遣会社から派遣されてきているとなるとなかなか厳しくしにくい。

しかも、契約の問題もあって決められた勤務時間をきっちり守らないとクレームがくるし、パワハラ的なことがあればすぐに問題になる。

PA卓を操作する音響エンジニア
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「AD派遣会社」の功罪

ということで、実はかつてADがやっていた仕事を今では別の人たちが行っているケースが増えてきた。雑務はアシスタントプロデューサーやプロデューサーが行う場合も多いし、リサーチはリサーチャーやリサーチ会社に依頼することが多くなってきた。

そしてADの代わりに誰よりも働いているのが、他ならぬディレクター自身だ。上から怒られるから、ADは定時で帰宅させて、そのあと自分でさまざまな雑務をすることになり、ディレクターの仕事量はいま急増している。

特にフリーランスなどの立場で「1本制作していくら」という契約で仕事を受けているディレクターにそうした負担増が重くのしかかる。仕事量や拘束時間が増えても「1本いくら」という単価が上がるわけではなく、むしろ制作費削減の影響で下がっていたりするからだ。

ギャラもある意味「局員を除けばADが一番高い」と言えなくもない。派遣会社に支払う金額はかなり高い。番組制作現場の人件費は、「派遣会社に払うADのギャラ>フリーランスのディレクターのギャラ>制作会社のプロデューサー」という場合も多い。

ただし、派遣会社が「中抜き」をするのでAD本人に渡る金額は高くはない。むしろ安い。だからADのなり手は一層少なくなる。しかも、「AD派遣会社」に所属している限り、どれだけ長期間働いてもディレクターになれることはほぼない。

自力で制作会社に転職しない限り、いわば永遠にキャリアアップはあり得ないわけだから、嫌になって辞めてしまう人が多いのも無理はないのだ。