①個性を強調しないアプローチが求められる場合
たとえば、就活生や若手社員などが、純粋に事務的な内容のメールを送るケースだ。
メールを受けとる人事担当者や上司の気持ちを想像してほしい。まずは指示通りに動くことが期待される若手からの事務連絡で、妙に尖った個性を主張されたり、馴れ馴れしく振る舞われたりしても迷惑なだけである。
ほか、取引先の担当者とほとんど面識がなく、ルーチン化したやりとりが延々と続いている場合も定型表現を使っていい。ある日いきなり「昨日はペットの犬(ララちゃん5歳)の誕生日でした」と、やたらに人間的な話を書かれても反応に困るだけだろう。
こうした、記号的な定型文こそ必要とされる局面では、メールを書く側がとるべき振る舞いもみえてくる。どうせ無個性な文章を書くなら、より無難で礼儀正しいイメージをあたえたほうがTPOにかなうはずだ。
たとえば、「お世話になります」「お世話様です」のような、仕事ずれした雰囲気のある書きかたよりも「お世話になっております」のほうがいい。
また、「よろしくお願いします」よりも「よろしくお願い申し上げます」、「ご無沙汰です」よりも「ながらくご無沙汰いたしております」のほうが丁寧になるはずだ。
情緒性に欠けた定型句のセットが効く
②人間的なコミュニケーションをおこないたくない場合
定型句の情感に欠けたイメージを、逆に利用するケースである。
たとえば、金銭の支払いを督促しており、今後は深い関係をむすぶ気がない相手への連絡に「ご家庭の事情で大変な折とは思いますが」とか「先日は○○でのお仕事を拝見しました。今後のご活躍が楽しみです。ところで……」などと、先方の事情への配慮や人間的な温かみを示す必要はない。それよりも、
10万円の支払いがまだですが。
以上、何卒よろしくお願い申し上げます。
こう書いたほうが効果がある。先方の事情はまったく斟酌せずロボットのように金銭を取り立てるという、冷徹な意思を言外に匂わせることができるからだ。
「お世話になっております」と「よろしくお願い申し上げます」という情緒性に欠けた定型句のセットは、平素からまったくお世話になっていなくて当方のお願いをよろしく聞きいれない相手に使うと、意外と効果がある。
自分自身の人生を守る方が大事
③文案を考えるのが大変な場合
たとえば1日に処理すべき事務的なメールが100通近くある、家族旅行中にスマホに飛びこんできたメールにすぐ返事をしなくてはならない、眠かったり体調が悪かったりして複雑な思考が困難である――。といった、各種の「頭や時間を使いたくない」状況のもとでメールを書いているケースだ。
相手が非常に重要な人物で、なんとしてでも人間的な関係を深めたいといった事情でもないかぎり、こういうときは定型表現に頼って楽をしたほうがいい。
常に同じ表現でメールを書く行為は人間味に欠けているかもしれないが、プライベートを犠牲にしたりオーバーワークでつぶれてしまったりするよりはマシだ。他者に人間味を示すよりも、自分自身の人間らしい人生を守ることのほうがずっと大事である。