甲子園未経験、5位指名で阪神へ
新庄の子ども時代、結婚離婚、叔父に20億円横領された事件、女性関係などを報じている。
1972年に母親の実家がある長崎県対馬市の集落で生まれたが、新庄が生まれるとすぐ福岡に移り、植木職人だった父親の英敏は「新庄造園」を開業する。
彼の肩の強さは、父親を手伝って子どもの頃から重い石を運んだり、石を投げていたりしたからだという。
新庄本人は「超極貧生活」だったといっているが、「家族で外食に出かけることもあれば、野球のスパイクを買ってあげてたりもしていた」(近所の住民)そうだ。
父親は熱心な巨人ファンで、抜群の運動神経を持つ息子を設備の充実している私立西日本短大附属高校へ入れたが、甲子園出場は叶わなかった。だが、1989年のドラフトで阪神から5位指名を受け、プロ入りする。この年は野茂英雄が8球団から1位指名されている。
数年してレギュラーに定着した新庄は、守備のうまさとチャンスに強いバッティング、ルックスのよさで人気者になる。
2001年にはFAを行使してイチローと同時にメジャーリーグ入りした。メッツ、ジャイアンツ、メッツと移り、4番を打ちワールドシリーズにも出場した。
3年後に日本へ戻って日ハムに入団。3年目の2006年には開幕早々引退を表明し、「今年優勝する」と宣言した。言葉通り優勝して惜しまれて引退するのである。
「外野手は監督として成功しない」は本当か
私生活ではタレントの大河内志保と2000年に結婚するが、7年後に離婚。さらに、慰謝料を払うために自分が設立した会社の口座を確認すると、ほとんど残高がないことが判明する。
母親の姉の夫で、新庄が絶大な信頼を寄せていた人間が、自分が経営していた会社が不振なため、新庄の社の口座から補填していたというのだ。
泥沼の訴訟に発展したが、金額については諸説あるようだ。新庄は22億円使いこまれたといっているが、当該の人間の親類は、横領額は2億円あるかないかだといっている。
カネがなくなったからか、人間関係に嫌気がさしたのか、新庄はバリ島に移り住む。そこでエアブラシアートやモトクロス、釣りと趣味を存分に楽しんでいたようだ。
女性の噂も絶えない。週刊文春によると、現在は、都内で金髪美女と同棲しているそうで、これから拠点になる北海道でも一緒に暮らすのではないかといわれているようだ。
私生活は順調のようだが、監督として成功するのだろうか。新庄が師と仰ぐ野村はこういっていた。「外野手は監督として成功しない」。
オリックスを優勝させた中嶋聡は捕手、ヤクルトを日本一にした高津臣吾は投手である。圧倒的に捕手か投手が多いが、それでも日本一を達成した外野手出身監督にはヤクルト・若松勉、千葉ロッテの西村徳文、福岡ソフトバンクの秋山幸二がいる。