戦後の日本の経済発展を支えたのは、「ものづくり」だった。ソニーやパナソニック、トヨタ、ホンダといった製造業が国際的なブランドとなり、世界一優秀な日本の工業製品が外貨を稼ぎ、日本人の生活を向上させた。
ものづくりの優秀な「DNA」は、今日にまで受け継がれている。ソニーやトヨタの工場を見学したことがあるが、品質管理のノウハウはおそらくは今でも世界一。勤勉で濃やかな日本人の性格が、精密な工業製品をつくるという課題に合っていたのだろう。
日本経済の変調は、バブル崩壊の頃から顕著になった。世界経済の「ゲームのルール」が変わり始めた。インターネットが普及し、グローバル化が進む。そんな中で、これまで「ものづくり」を支えた日本人の優秀さが、かえって「足かせ」となり始めた。
ものづくりが、単体の製品としての優秀さから、それが情報のネットワークに結びついた際の利便性を競う「ものづくり2.0」へと進化し始めた。そのような時代の変化に、日本人の資質がついていっていない。
象徴的なのが、「ウォークマン」という画期的な商品を生み出したソニーが、アップルのiPodの前に敗北したことである。もはや、単体の工業製品としての性能だけが問題なのではない。音楽や映像、テキストなどのコンテンツの情報ネットワークと結びついてこそ、高い付加価値を持つ。そのような情報ネットワークの構築においては、日本人の生真面目さがかえって邪魔をしてしまっている。
例えば、「著作権」というものを、文字通りとらえすぎて旧来の「保護」というパラダイムを超えられない。情報のセキュリティなどに配慮するのはいいが、結果としてユーザーにとっては使い勝手の悪いシステムになってしまう。動画配信サイト「YouTube」のように、時に著作権を侵害するコンテンツがアップロードされたとしても、結果として新しい文明のカタチができればいいという大局観を持てないでいる。
iPodに始まった情報ネットワークと結びついた「ものづくり2.0」の動きは、その後iPhoneやiPadへと続き、グーグルの提供するアンドロイドやクロームといったOSを搭載した情報機器も登場。今や、「クラウド」全盛の時代である。この「ものづくり2.0」の大競争において、日本企業の影は薄い。何よりも、日本人のマインドセットが、そのような変化に適応できていないのだ。
インターネット上でグローバルな情報ネットワークが構築される時代に何よりも必要なのは、「偶有性」(予想できることと、できないことが入り交じった状態)についての感覚。何が正解なのかわからない状況で、選択し、システムを構築していく。そのようなフロンティア精神が、どこかに「正解」があると決めてかかる日本人のメンタリティと相容れなくなっている。
インターネットとグローバル化に適応できないでいる日本の危機は深い。「正解」があるという前提で行われるペーパーテストの点数が偏重される大学入試や、人生設計の「正解」を押しつけて例外を許さない新卒一括採用など、一連のマインドセットが根本的に変わらなければ、偶有性が本質的な課題となるクラウド時代に適応できない。
このままでは、電子ブックやネットTVでも、日本は敗北するだろう。「ものづくり2.0」への道は、日本人のマインドがよりオープンでダイナミックなものになることで初めて開けるのだ。