行動科学の視点から――要求の裏側にある気持ちを伝える
行動科学の視点では、人間は繰り返される問題に対しては、試行錯誤の結果それなりの判断をすることができますが、この問題のように人生で初めて直面するような問題は、良い選択をすることは難しく、多くの人が悩みます。
相手の心理を理解し、関係性を壊さないようにコミュニケーションを取る方法として私は、NVC(Nonviolent Communication=非暴力コミュニケーション)という方法を学んでいます。NVCの視点によると、要求としての「遺言書を書いてほしい」ことだけを伝えるのは、意図が誤解される恐れがあり危険です。NVCでは要求の裏側にある自分の感情や気持ち、願い、考えも伝えることが重要としています。
自分の感情としては、「もしものことを考えると不安で仕方がない」「お父さん(お母さん)の思いを大事にしたいけれど、そういう財産の分け方ができるのか心配」などと伝えます。気持ち、願い、考えとしては、「お父(母)さんにはいつまでも元気で長生きしてほしい。そのことは理解してほしい」「きょうだいとケンカにならないようにお父(母)さんの気持ちを(遺言書の形で)ちゃんと伝えておいてほしい」などと説明するとよいでしょう。
もう1つ大事なことは、お父(母)さんが、何を望んでいるのかにきちんと耳を傾けることです。親の気持ちを尊重したいこと、無理に遺言書を書かせる気持ちはないことなどを理解してもらうことは深いコミュニケーションを行うには大切なことです。
切り出し方としては、「老後のことで何か心配なことはない?」と聞くことは比較的簡単なのではないでしょうか。親を思う気持ちが伝わり、それを受けて「子どもたちに迷惑をかけたくない」と言ってくれたら、「私が心配なのは……」と、自分の気持ちや思いを伝えたら良いですね。その際も自分の思いを一方的に伝えるだけではなく、「どうしてほしい?」と親の気持ちに耳を傾けることです。そういうプロセスの中で、どういう準備をすればいいかを考えてくれるようになれば、心配事の大半は解決できると思います。(上智大学経済学部教授 川西諭氏)