中国市場を失っても「協会の理念」を貫いた

こうなると、中国に喧嘩を売ったWTAがiQiyiをはじめとする中国のスポンサーから広告料を徴収するのは難しくなるだろう。ひいては、チャイナマネー以外の財源から開催費や優勝賞金を捻出しなければならない。この点について、サイモンCEOは「経済的な影響はどうであれ、世界中のリーダーが声を上げ続け、彭帥さんをはじめとする世界中の女性に正義がもたらされることを願う」と、依然として強気の姿勢を崩していない。

WTAは1970年代、男性優位だったテニス界で女性選手の地位向上のために設立された。当時8倍あったといわれる男女の賞金格差を是正し、女性選手の育成に努めてきたWTAにとって、女性選手の人権の尊重は大事な理念の一つだ。ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)によると、WTAは今回の中国市場撤退で少なくとも2000万ドル(23億円)を失う見込みだが、CEOの声明からも分かる通り、これまでの実績を失うことに比べたら“むしろ安い”と感じてもおかしくない。

ハードコート
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バッハ会長による「ビデオ電話」発表の謎

ところで、彭帥さんの安否が世界中で心配される中、IOCのトーマス・バッハ会長が11月24日、彭帥さんとビデオ電話を実施したと突如発表したことを疑問に感じた読者は多いのではないだろうか。彭帥さんは2016年のリオ五輪を最後に五輪には出場しておらず、また競技団体でもないIOCがなぜコンタクトをとったのか? と。

背景には、開幕を2カ月後に控える北京冬季五輪がある。中国はただでさえ、新疆ウイグル自治区やチベット自治区での人権問題に加え、香港への国家安全維持法の導入など、過去数年にわたり西側諸国の不興を買っている。彭帥さんの人権問題で中国への疑念はさらに深まっているわけだが、これに混乱の輪をかけているのが“ぼったくり男爵”バッハ会長だ。

五輪に飛び火しないよう根回しをしたつもりが…

サイモンCEOがWTAファイナルズの中国開催中止を発表した際には、バッハ会長は2度目の通話を行い、彭帥さんの安全をアピールした。さらに驚くべきことに、英国のサン紙(電子版)は、彭帥さんに関係を迫ったとされる張前副首相とバッハ会長ががっちりと握手する写真を掲載。これでは、北京五輪の成功のため動いたというより、張氏をかばうために収拾をつけようとバッハ会長が努力しているようにも見えてしまう。