お写経勧進がスタートした68年に信徒総代に就いた塩川さんは、毎年大晦日に薬師寺で写経を行って納経した後、一番目に除夜の鐘をつくのが慣わしとなっている。このほか、雨で予定していたゴルフが中止になったときなどに、大阪の自宅で一人ゆっくり墨をすり、小1時間ほどかけながら262文字を書いていく。墨をすっているうちに無心の境地に入っていくそうだ。いままで納めた写経は130~140巻ほどになっている。

塩川さんのように40年以上も写経に取り組んできた人ならいざ知らず、私たちのような一般の人間は無心の境地をどう理解したらいいのだろう。

「夜寝る前、昼間に起きた腹立たしいことなどを思い起こしては悶々とすることがありますね。でも、朝起きた瞬間は全部忘れている。それが『空』です。そして、何であんなことに腹を立てていたのかと、ふと気持ちが楽になる。それは、こだわりを捨て無心に帰れたからなのです。政治の世界に身を置いていると、気持ちがすさむこともありました。その都度、物事にこだわろうとする心を抑え、忘れてしまうように努めてきました」

そんな塩川さんが最近気にしていることの一つが、景気の先行きに一向に明るい兆しが見えてこないこと。塩川さんは物の値段のベースを労働者の「骨折り賃」と見ている。しかし、日々の生活に困窮するほど骨折り賃がどんどん下がり、解雇圧力も強まるばかりだ。その一方では、一部の経営者や株主が「おれが、おれが」と権利や地位に執着している。

「雇用や賃金を回復させないと消費意欲が高まらず、デフレ・スパイラルは止まらないでしょう。それなのに自分たちだけいい思いをしようとする経営者が少なくないようです。いまこそ経営者は、般若心経の『色不異空空不異色色即是空空即是色』が意味するところを噛み締めるべきでしょう」と塩川さんは語る。

※すべて雑誌掲載当時

(坂井 和=撮影 SEBUN PHOTO/amanaimages=写真)