世の中を丸ごとショールームに変える

私たちの購買活動の利便は向上しつつありますが、検索から購入までの過程には、検索作業やアプリの横断など、「わずかな障壁」が存在します。その代表例が、iOSのキンドルアプリからはいまだにコンテンツを直接買うことができない、という制約です。これは、アップルがアプリ開発者向けの規約で、アプリ内から直接デジタルコンテンツを購入させることを禁じているためで、アマゾンにとっては厄介極まりない処置です。

アマゾンはこのようなあちこちに散らばる購入体験上の障壁を完全に取り去ることを目指しました。それが「電話もできる携帯レジ端末」と言われるファイアフォンの本質です。

また、当時は消費者が小売店の店頭で実物を見てからネットで購入する「ショールーミング」と呼ばれる消費行動が台頭してきた頃でした。ファイアフォンには、「世の中を丸ごとショールームに変える」という狙いがあったのです。当時のアメリカでの小売売上高に占めるネット通販の比率はわずか6%。つまりネット通販のポテンシャルは巨大です。この「ショールーミング」の可能性を睨んだファイアフォンというデバイスにはアマゾンの大きな野心があったのです。

発売わずか2カ月で100円程度に値下げ

しかし、アマゾン側の期待とは裏腹に、発表直後、市場や業界の反応は否定的でした。その背景には、iPhoneやギャラクシー S5といった強力な先行者の存在がありました。

言わずもがな、スマートフォン市場は最も競争の激しい市場の1つです。GAFAと呼ばれる大手プレイヤーでさえ、ハードウエアにおいて成功したのはアップルのみ。フェイスブックもグーグルも参入しては撤退したという苦い経験を持ちます。

2014年7月に発売したものの、やはりアマゾンの想定した通りにはならず、9月にはファイアフォンの価格を199ドルから99セント(100円程度)に引き下げるという発表をして世間を驚かせました。アマゾンのサブスクリプションサービス「アマゾンプライム」1年分(当時99ドル)の利用権は引き続き特典として提供されるので、価格においては無料以上のメリットまで提供したのです。

しかし、それだけの対応をしても、アマゾン自身のサイトの購入者評価でも5段階中の3にとどまるなど消費者の反応はいまひとつ。電池の過熱や持続時間に対するハード面の不満も少なくありませんでした。

他方で、同じ9月にはアップルによるiPhone6が発売となり、市場におけるファイアフォンの人気は急速に下火になっていきます。