人は複合的な情報で判断をする

さらにもう1つ。

騒いでいる人たちは「色分けをしないと絶対に間違える!」と、さも色分けこそが男女の区別をするための絶対的な方法であり、色分けしなければ大多数の人にとって使いづらいトイレになると主張しているが、それは本当だろうか。

では、少し思考実験をしてみよう。

男とも女とも書かず、ピクトグラムもなく、ただ青と赤の入り口があるとして「青い方は男子トイレだ」と断言できるものなのだろうか。

もし自分がそのような状況になったら、たとえ青い入り口だとしても躊躇すると思う。そこには色以外の判断材料がないからだ。

私たちがトイレを発見して、それを「男子トイレだ」「女子トイレだ」と認識できるのは、そこに至るまでに複合的な情報を目にしているからである。

ピクトグラムや文字、そして色などの情報から、そこが確実に「男子トイレ」であることを確認するのである。

もし、色分けがされていないことで男子トイレと女子トイレを間違える人が多いとすれば、それは色分けがされていないからだけではなく、もっと複合的に情報が足りていなかったり、誘導のどこかに間違いのあったりする可能性が高いのである。

分かって当然という認識が生んだ罠

2019年12月に浜松科学館で、女子トイレに正当な理由がなく入ったとして60代の男性が建造物侵入の罪に問われるという事件があった。21年1月、静岡地裁浜松支部は男性に無罪を言い渡している。

男性は腹痛と便意のある状態でトイレに駆け込んだが、そこが女子トイレだった。女子トイレの入り口の壁は赤色で、入り口の手前には女子トイレを示す赤いピクトグラムが掲示されていた。

公衆トイレ
写真=iStock.com/Onzeg
※写真はイメージです

ところが、入り口のところに「このトイレは従業員も使用させていただきます」という旨の文字と共に、男女がならんで立っているピクトグラムが貼られていたのである。

男性はこれを見て、男女共用のトイレと勘違いして、女子トイレに入ってしまったと主張しており、これが地裁で認められたのである。

僕はこの事件は「分かって当然という認識が生んだ罠」であると考えている。

この事件で浜松科学館側は、ピクトグラムはあくまでも「従業員が使うことを告知するための掲示」であると主張した。そこには嘘はないのだろう。

しかし、浜松科学館に勤めている職員にとって、そのトイレが「女子トイレ」であることが当たり前すぎたのである。

その場所は以前から女子トイレに決まっているし、赤いピクトグラムもあるし、壁も赤だから間違いようがない。

だからこそ、そこに男女のならんだピクトグラムを貼っても、科学館に初めて来た人が、男女共用のトイレと間違える可能性があるということに考えが及ばなかったのである。