●上野さんからのアドバイス

50歳前後で社長になりたい。これが30代のときに立てた目標です。目標といっても、最初は妄想のレベルでした。自分が50歳になったころ、会社の売り上げはこうなって、同僚には誰がいて、社長として私が事業展開について話をしている……。そんな姿が鮮明に思い描けるほど、具体性をともなった妄想でした。

単なる夢物語と実現可能な目標の違いは、可能性を阻むものがどこにあるかの差ではないでしょうか。外的な要因によるときは、残念ながらいくら自分が努力しても実現はできません。しかし、自分の努力で左右されるなら、能力を過大評価して風呂敷を広げればいいのです。

実現可能性の有無を見極めるためにこそ、妄想に情報を付加して具体化させる必要があります。社長になるという夢に関していえば、当時バンダイは創業家出身の社長が続いていました。外的要因を考えると私が社長になるのは無理ですが、年齢という情報を加えると状況が変わります。当時の社長は私より10歳上で、社長の息子さんはまだ学生でした。もし中継ぎが社員から選ばれるとしたら、私の世代もその範囲に入ります。

努力次第で実現可能な目標ならば、次はゴールから逆算してクリアすべき課題を決め、スケジュールに落とし込みます。このとき心がけたいのは、課題を数多く抱え込まないことです。手を広げすぎると、どれも中途半端になって結果が出ません。すると、できなかった課題が気になってモチベーションが下がります。もし課題が10個浮かんだら、7つは目を瞑り、重要な3つに注力したほうがいい。不思議なもので、重要な3つさえクリアすれば残りの7つのうち半分以上は自然に解決しています。経営でも同じで、これと定めた3つの指標を改善しようと頑張っていたら、他の指標までよくなったということが何度もありました。

モチベーションを保ち続けるには、妄想を周囲に公言することも重要です。社長になるというと馬鹿にする人もいましたが、逆に「おまえならできる」とうれしい言葉をかけてくれる人もいました。ポジティブな反応が返ってくれば、さらにその気になって頑張れます。まわりで起きるものの中で自分にとって都合のいいことは何でも吸収する。そういった図太さもときには必要なのです。

※すべて雑誌掲載当時

HRインスティテュート代表取締役 野口吉昭
横浜国立大学工学部大学院修了。建築設計事務所、コンサルティング会社を経て、1993年HRインスティテュートを設立。『コンサルタントの習慣術』『コンサルタントの「質問力」』など著書多数。

バンダイ社長 上野和典
1953年、神奈川県生まれ。77年武蔵工業大学(現・東京都市大学)工学部卒業、バンダイ入社。2001年取締役、03年常務、05年社長。趣味は料理、絵を描くこと。著書に『給料を上げたければ、部下を偉くしろ』。

(村上 敬=構成 芳地博之=撮影)