飲み会好きの慶應卒、一匹狼の東大卒
これらの行為は金品の脅し取りや直接的な暴力とはちがって、告発されても「故意ではない」「誤解だ」「彼のためを思って指導していた」などという言い逃れが可能だ。社内のハラスメント相談窓口に通報されても、一度のことなら口頭注意で済んでしまうらしい。
つまり、一発で「レッドカード」をもらってしまうようないじめよりも、狡猾でタチが悪い。加瀬くんは、自分をいじめた人がともに慶應義塾大学の卒業生だったことを偶然ではなく必然だと考えていた。
「偏見と言われるだろうけど、慶應卒には東大卒を目の敵にしている人が多いように俺は思う。慶應って『私学の雄』とされているけど、東大卒の前ではそのプライドが傷つくのか、彼らからは常に敵意のようなものを感じるんだよね」
加瀬くんが働く銀行で役員の第一勢力を占めるのは優秀な東大卒だが、それに肉薄して第二勢力をつくっているのは慶應卒の人間なのだそうだ。
であれば、東大出身者をなにかとライバル視する慶應出身者がいてもおかしくはない。
「慶應の連中はやたらと同窓でつるむのが好きで、銀行のなかにも同窓会をつくっているんだよね。よく慶應卒で集まって飲み会をやってるよ。対して、俺たち東大卒は一匹おおかみが多いじゃない。飲み会なんかもやらないし、そもそも大人数での飲み会は嫌いだし。
仲間とわいわいしているのが好きな連中は、一人でいるようなやつが気にくわないんじゃないかな。もともと、相性が悪いんだよ。正直に言うと、俺だって慶應的な人づきあいは苦手だもの」
いじめのうまさとコミュ力の高さに共通点
たしかに、僕が知る範囲でも慶應の塾員(慶應では学生を「塾生」、卒業生を「塾員」と呼ぶ)には明るくて社交的な人間が多い。
附属校からエスカレーター式にあがってくる内部進学組、大学からの一般入試組、推薦入試組、帰国生入試組……慶應大学内には多様な出自の塾生がいる。
彼らは大学を卒業した後も「日本最強の学閥ネットワーク」との呼び声が高い「慶應三田会」に所属して盛んに親睦している。
このような多様な個性とのつながりを重視し、同窓生同士で生涯にわたって助け合う校風によって彼らの社交性は培われている。
「最悪なのは、人をいじめるような連中って営業で数字をとってくるんだよ。意地の悪い慶應卒の先輩たちも、営業成績はかなりよかった。だから、俺は余計にみじめになるんだよね」
人間関係での位置取り、相手のアクションに素早く対応する反射神経、場の空気の読み方、人の心を動かす言葉選び……いじめのうまさとコミュニケーション能力の高さは通じるところがある。
だからといって、コミュニケーション能力が高い人のすべてがいじめをするわけではもちろんないけれど。
「先輩のうちの一人は、学生のときにネットワークビジネスをやっていたんだって。飲み会で当時のエピソードを披露して笑いをとっていたよ。
都内のルノアールでくつろいでいると、時々ネットワークビジネスの勧誘現場に出くわすじゃない。しばらく聞き耳を立てていれば分かるんだけど、勧誘している側もされている側もたいてい慶應の学生なんだよね。
あんなものはろくな商売じゃないんだけど、学生のころからバリバリに営業の現場に出ていたってことでしょ。そんな人の営業スキルに、コミュ障の俺がかなうわけがないんだ」