河野氏は国会議員票で劣勢が予想されていただけに党員票で圧勝することが勝利への絶対条件だった。2001年総裁選で当時の最大派閥を「抵抗勢力」と呼んで全面対決を挑み、「自民党をぶっ壊す」と叫んで世論を熱狂させる「小泉劇場」を演出して地滑り的勝利を収めた小泉純一郎氏の闘い方に習うべきだった。「安倍支配をぶっ壊す」と叫び、世代交代を真正面から迫らなければならなかったのだ。
「河野フィーバー」を巻き起こすことに失敗し、不得手とする派閥間の多数派工作に持ち込まれた時点で、河野氏は敗北のレールに乗ったといえるだろう。
河野陣営に安倍氏の疑惑追及を主張する石破茂氏が加わったことで、安倍氏にとっては負けられない闘いとなった。河野氏を後継首相に担いでキングメーカーの座を狙う菅義偉氏や、河野氏とタッグを組んで世代交代や派閥政治の打破を掲げる小泉進次郎氏の政治力を割く必要もあった。安倍氏は国会議員に電話をかけまくり、河野政権だけは断固阻止する決意を強く示した。その結果、河野陣営から次々に国会議員票が離れていった。
河野氏の惨敗は「安倍氏の一人勝ち」を意味している。菅氏とのキングメーカー争いを制し、河野氏や小泉氏の世代交代論を抑え込んだのだ。
総裁選の本当の勝者
安倍政権とそれに続く菅政権は、安倍氏67歳、麻生氏81歳、二階俊博氏82歳、菅氏72歳の4人がときに内輪揉めをしながらも、世代交代阻止の一点で手を握り、あらゆる国家利権を独占する「長老支配」だった。
今回の総裁選で二階氏は幹事長を外れて失脚し、菅氏は河野氏惨敗で影響力の大幅低下が避けられない。麻生派は岸田氏支持と河野氏支持で割れ、麻生氏は派閥の結束回復に追われる。唯一無傷なのは安倍氏である。自民党は再び「安倍一強」へ逆戻りする。いや、二階氏や菅氏の影響力が弱まる分、かつての「安倍一強」より強固な安倍支配が確立するだろう。
安倍氏の唯一の懸念は「桜を見る会」事件だ。東京地検特捜部は不起訴としたが、検察審査会が「不起訴不当」の判断を示し、特捜部は再捜査して起訴するかどうかを改めて判断することになった。特捜部は年内にも判断を下すとみられている。そこで不起訴となれば捜査は終結し、安倍氏は晴れて「潔白」を宣言して堂々と首相返り咲きに向けて動き出すことができるのだ。
それまで安倍氏に従順な「中継ぎ政権」が必要である。岸田氏は操り人形としては格好の存在だ。二階氏や菅氏ら政界工作にたけた叩き上げの政治家と違って、岸田氏は自らと同じ世襲政治家であることも安心材料だ。刃向かう恐れがまるでない。
岸田氏は第五派閥の岸田派(46人)を率いるものの、党内基盤は弱く、最大派閥細田派(96人)を事実上率いる安倍氏と第二派閥麻生派(53人)を率いる麻生氏に依存するほかない。党役員・組閣人事も安倍氏と麻生氏の意向を全面的に受け入れるだろう。岸田氏は総裁就任後に「特技は人の話をしっかり聞くこと」と強調したが、最も耳を傾ける相手は安倍氏と麻生氏になるのは間違いない。