また、BPOの「意見」や「勧告」を受けて「持ち込み番組」対策を進め、番組考査は複数の人数で行うよう体制を強化し、定期的に社員向けの放送倫理研修会を実施するなど、「あつものに懲りてなますを吹く」ほど慎重になっているようだ。

公共性をもつ放送は、社会的影響力が格段に大きいだけに、越えてはならない「一線」があることを自覚しなければならない。

「ニュース女子」が投じた問題は深刻で、「沖縄の基地建設反対運動に関するデマをまき散らしたことは、メディアの劣化が瀬戸際まで来ていることを意味する」(山口二郎法政大教授)と指摘されたように、放送ジャーナリズムの真価が問われており、放送界は危機感を共有することが求められる。

ウェブジャーナリズムに課された重い課題

一方、判決は、ウェブジャーナリズムに、人権報道をめぐって新たに重い課題を提起した。

ネットで配信されている当該番組の公開差し止めについて、「公表直後と同等に重大な損害が発生するとは言えない」と退けたのである。

つまり、放送法で規制される放送ジャーナリズムと、基本的に法的規制のないウェブジャーナリズムを線引きしたといえる。

だが、まったく同じ内容のコンテンツを、「電波」と「通信ネットワーク」という伝送路の違いだけで、片や名誉棄損と断じ、一方は不問に付すという判断は、すんなりとは受け入れ難い。

DHCが自社サイトで流していた「ニュース女子」は、3月末で配信を終了したが、当該番組は、「ニュース女子・過去のエピソード」のコーナーに残されており、現在でも視聴することができてしまう。

辛共同代表が「画期的」と評した判決を手放しで喜べないのは、この点だろう。

放送メディアは長い年月をかけて社会的規範が確立し人権問題などにも一定の配慮がなされる仕組みができつつあるが、ネットメディアはいまだ無法地帯の感は免れない。

放送局による番組の同時配信が広がれば、放送とネットの表裏一体の関係が一層強まり、視聴者は区別がつかなくなってしまう。

放送だけを注視しても、ネットに目を向けなければ、「ざるで水を汲む」がごときである。

今回の賠償判決は、ネット社会が進展していく中で、誹謗中傷やデマから個人の尊厳をどのように守るかという重いテーマをあらためて突きつけたといえる。

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