「手洗いに関してけっこう適当でした」
ウイルスにとって、刑務所が入り込みにくい場所であるというのは一理あるか。とはいえ、過去にはクラスターの事例も報告されていると考えると、そんな想像は油断でしかないが。
ただ、そんな警戒心の薄さは、受刑者だけではなく刑務官にも感じられたという。
「『マスクを着けろ』は口うるさく言われてましたけど、手洗いについては、そこまで言われなかったんです。たぶん、彼女らにもなめてる部分があったと思います。私の工場の担当なんかも、手洗いに関してけっこう適当でしたし」
例えば、運動場から戻ってきた際、他の工場の受刑者はせっけんで手を洗わせてもらっていたが、田中さんの工場の担当は手洗い場にせっけんを置いてくれていなかったという。
「これは想像なんですが、理由はおそらく、うちの担当は少しでも工場の生産効率を上げたかったんじゃないですかね。工場の担当って、お互いライバル視してるところがあったりするんで。せっけんで手を洗うわずかな時間も惜しいってことでしょう」
ならば、刑務官にも少なからず警戒心の薄さがあるのかもしれない。と考えると……? 口うるさく言われていたマスクを着けろ、つまり“飛沫対策”についても、実は徹底されていなかったんじゃないのかという疑問も湧く。
布製マスクが2枚配られた
具体的にどんな“飛沫対策”が行われていたのか? 飛沫対策と言えば、一般的にはマスク着用の徹底、食事中のおしゃべり禁止などだが。
「マスクは、割と早くから着けろ着けろと言われだしました。正確な時期は覚えてませんが、2020年の3月くらいだったでしょうか」
ただ、最初のうちは、マスクは自己調達。家族に差し入れをしてもらったり、売店で買ってくれという指導だったそうだ。
「私の場合、差し入れをしてくれる人間もいないですし、お金にも余裕がない。だから困ったなぁと思っていたんです。そうこうしていると、刑務所側から受刑者全員に布製マスクが2枚ずつ配られました」
そもそも、その頃は世間で深刻なマスク不足だった時期。刑務所内の売店でも十分な量のマスクが出回っていなかったと想像される。
そんなわけで、着けては洗い、洗っては着けのローテーションで布製マスク2枚を交互に使っていったそうだ。